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【レポート】『映画教育の”いま”と”これから”〜こども映画教室の実践から〜』鍋講座vol.38

【開催】2018年6月20日(水)、於 下北沢アレイホール
私たちは誰もがこどものときから楽器に触れ絵筆を持って、音楽や美術に親しんできました。なぜなら、こどもの頃から芸術は身近な「教育」として私たちの傍にあったからです。では、映画はどうでしょうか? 私たちは、映画館でもテレビでもパソコンでもスマホでも、いつでもどこでも映像に囲まれた生活を送っていますが、しかし映像の授業というのはあまり聞いたことがありません。ましてや、映像の文法を育んだ映画についての授業となるとなおさらです。映像の受信/発信が日常に浸透した今、映像=映画の価値、その教育の公共性について改めて問い直す時期がきているのではないでしょうか?
映画教育について考えるシリーズの第一弾は、日本の映画教育の第一人者である「こども映画教室」代表の土肥悦子さんをお招きし、実際の活動をご紹介いただき知見を伺いながら、日本の映画教育のこれからについて考えました。
【ゲスト】
土肥悦子(一般社団法人こども映画教室代表理事):シネモンド代表、金沢コミュニティシネマ代表、ワークショップデザイナー。2015年度日本映画ペンクラブ奨励賞受賞。ミニシアターブーム全盛期の1989年に映画配給興行制作会社ユーロスペースに入社し、買付、宣伝を担当する。1998年にミニシアター「シネモンド」を金沢に開館。2004年から金沢で「こども映画教室」をプロデュース。2013年、東京で任意団体「こども映画教室」を立ち上げ、映画鑑賞ワークショップやプロの映画人とこどもたちが映画制作をするワークショップを各地で開催。これまでに諏訪敦彦監督、是枝裕和監督、河瀨直美監督などそうそうたる映画人が特別講師を務めている。映画教室の活動は横浜、川崎、福島、弘前、八戸、尾道、高崎、上田、埼玉、豊田、奈良、京都など全国に広がり、2017年に東京国際映画祭のオファーにより初めて中学生との映画制作を行う「TIFFティーンズ映画教室2017」を企画運営。また、フランスのシネマテーク・フランセーズが主催する「映画、100歳の青春(CCAJ)」に初めて日本から正式なコーディネーターとして参加。諏訪監督のもとに集まった9人の中学生と共にCCAJの決めたテーマで、映画を制作し、世界14か国のこどもたちが一堂に会するパリ、シネマテーク・フランセーズでの上映会にも参加した。2019年度より公教育での活動も開始する。2019年「一般社団法人こども映画教室」代表理事となる。
編著;『そして映画はつづく』『こども映画教室のすすめ』『映画館(ミニシアター)のつくり方』
【司会&聞き手】
深田晃司(映画監督・独立映画鍋共同代表) 
80年生まれ。映画美学校フィクションコース終了後、劇団青年団の演出部に入団。その後、中長編6本を監督。『淵に立つ』でカンヌ国際映画祭「ある視点」部門審査員賞を受賞。最新作はインドネシアと合作したオールインドネシアロケによるオリジナル長編『海を駆ける』。今年、フランスの芸術文化勲章シュバリエを受勲。

新しく引っ越した町に、観たい映画のある映画館がない…!
ゲストの土肥さんと司会&聞き手の深田さんが登壇し、挨拶を交わしてスタート。土肥さんがこども映画教室を始めるきっかけになったのは…。
かつて東京から金沢に転居した際「自分の観たい映画を観ることのできる映画館がない」という事実に衝撃を受けたそうです。何とか金沢で映画を多くの方が観られるように、と映画館シネモンドを立ち上げ経営するようになりました。そんな中「シネモンドを持続可能なものにするためには映画館がもっと街に根づいたものにならないといけない、そのために何をすればいいのか」と考えた時に、こども、というキーワードが浮かび、それと同時に、昔観た、『100人の子供たちが列車を待っている』のことを思い出したそうです。そして…ご自身にお子さんがいらっしゃったこともあり、「こども映画教室」を2004年にスタートしました。現在は映画・映像に関するワークショップの企画・実施や、シンポジウムの開催などを全国的に行っています。
実際に作品を見て…
ここで、2007年に「こども映画教室」でこどもたちが創った『I love you』というドキュメンタリー作品を鑑賞。こどもたちに自主性を尊重して創ってもらったそうです。
この作品では、大人のスタッフたちは見えないところに隠れていて、全員こどもたちのスタッフでチームを編成。美術館内にいるカップルをつかまえては、さまざまな質問をしていくのですが、最後に共通の質問として「キスしたことがありますか」と、キスしたことがあるなら「ここでキスしてください」とお願いしています。大人のお願いだとおそらく難しいであろうことが、こどもたちの無邪気なお願いで、キスに応じてくれる方たちがいるのに、とても新鮮な発見と感動があります。土肥さんのおっしゃっていた「こどもたちは心の動きとカメラの動きが同化している」という言葉が印象的でした。「こども映画教室」では、監督をはじめプロとして活躍する方たちが見守る中、数日で、作品のコンセプト、撮影と編集、上映とポスター製作までをこどもたちだけで行います。宣伝ツールまで製作するのは「映画は人に観てもらってはじめて完成する」ということに留意しているそうです。土肥さんは「ひとつの作品をみんなで創ることで、3日間でコミュニケーション能力が発達する…ものすごく成長するんです。なぜなら、彼らがすることを、大人が否定しない、ということをコンセプトにしているから。みんなで提案したことの実現に向けて考えていくんです。もちろんこどもたちは、けんかや口論はしますよ。でも、それは、きちんと彼、彼女たちの間で『映画にとって何が必要か』という会話に変質していきます。…多数決で物事を決めて、よいことはないと思います。個々の意見で説得と提案を行うことが大事です」と語りました。

「こども映画教室」を続けて
もともと土肥さんは、映画そのものに興味があったのですが、そのうちに「こどもの映画とのファーストコンタクトがきらきらした素敵なものであるといいな」と思うようになり、この活動を始めました。「こども映画教室」に通ったこどもたちが数日間で成長するのを親御さんたちにも実感してもらえることが多いそうです。皆がひとつの作品を創っていく過程で、人とある目的のために会話する、説得することを覚え、自信がついていくのだと思います。土肥さんは「学校に居場所がないとか、自信がない、とかそういう子にこそ受けて欲しい」と語りました。深田さんは「私は昨年、今年と会津若松市の中学生たちに向けて、数日で短編映画を皆で創作する、ワークショップの講師を務めています。参加したこどもたちは、運動部に入っているような活発な感じではなく、どちらかというとおとなしい感じの子、ちょっと学校に通うのが苦手な子も多かったのですが…。本当に皆生き生きと創作活動をしてくれます」と発言。普段は変わっていると思われているような子でも、その子の個性が伸ばせるような環境を創ることが大事、と語り合いました。そして昨年から「こども映画教室」では中学生向けに9日間のコースを設けています。理由としては、小学生より自意識が発達し、ものを考え、話し合う能力も発達してきているから、このくらいの時間が必要とのことです。小学生は集中力などの関係で3日間に設定しているそうです。補足的な意味合いとして深田さんは「フランスでは映画教育の公式の教本があるのですが、小学校、中学校、高校でそれぞれ内容が違っているんです」と述べました。また、映画教育が公教育になってほしいかどうかという点について、「美術や音楽のように映画について知ること、学ぶことで人生が豊かになってほしい。どう公共的な価値を説明していくか」が課題であるとしたうえで…。土肥さんは「公教育になることが、本当にいいのかと思う。今の日本の学校教育のシステムだと不安になります…。日本の場合はキャリア教育=職業として映画産業に就く事だけが目的になるような懸念があるかも…」と述べました。
「映画、100歳の青春(CCAJ)」に参加して
「こども映画教室」は、昨年、フランスのシネマテーク・フランセーズが主催する「映画、100歳の青春(CCAJ)」に初めて日本から参加。諏訪敦彦監督のもとに集まった9人の中学生と共にCCAJの決めたテーマで作品を製作。パリでの上映会にも参加しました。これは国際的映画教育プログラムで世界十数か国、46グループ、約1000人のこどもたちが参加するものです。映画人が講師になり教育者が一緒になって、シネマテーク・フランセーズが提示するテーマについてこどもたちに授業を行うものです。土肥さんは「行ってみて分かったのですが『こども映画教室』に似ていると思いました。まず、フランス現地で映画教育の第一人者であるアラン・ベルガラさんの講義を私たちが受け、それぞれチームごとに10分間の作品を創り、その後6月に上映します。今年の上映会のポスターは嬉しいことに『こども映画教室』のこどもたちだったんです」と語りました。土肥さんは、上映会に際し9人のこどもたちを引率しパリを訪問。諏訪監督、アニエス・ヴァルダ監督、ギヨーム・ブラック監督が特別ゲストとして、作品の講評を行ったそうです。また各国のこどもたち同士で交流し、みんなでサッカーしたりと、またたく間にとても皆仲良くなったとのこと。このプログラムは、シネマテーク・フランセーズが映画生誕100年の事業として始まり最初はフランスだけで開催していたのが、次第に世界各国に広まっていったそうです。それを受けて土肥さん、深田さんが語ったのは「フランスはやはり映画教育の層が厚い。それに比して日本に映画教育を定着させていくには、課題を乗り越えることが必要だと思う」。フランスの映画教育は、第二次世界大戦直後に「映画は、国民の心の復興に必要である」という考えのもとに国を挙げて開始され、長い歴史があります。一方、日本ではそうした取組みは公的機関によって活発に行われているとは、言いがたい状況です。土肥さんが、日本での映画教育についてベルガラさんに尋ねたところ「孤独になるな」と言われたそうです。「同じような思いの人たちはいるから、手を携えてがんばりなさい」と…。さらに「続けなさい。自分ができることからやりなさい」と励まされたそうです。(*2019年度から文化庁の「文化芸術による子供の育成事業<巡回公演事業>」にこども映画教室が実施団体として採択され、公立の小中学校で「こども映画教室」を実施することとなりました。)

これからの日本の映画教育
土肥さんは、2012年から様々なシンポジウムを開催、参加していますが日本の映画教育について提言すると「映画好きな人が言ってるんでしょ」と、悲しいことを言われることがあるそうです。また、深田さんは上記の会津若松市での創作ワークショップで、こう述べて、共感を得られたそうです。「かつてと比べて、映像は簡単に創れるようになった。だからこそ、創る側も見る側もメディアリテラシーを知ることが必要です。なぜなら映像は嘘をつくからです。そして、映像として一番古い『映画』の文法で多くの映像は創られている。だからリュミエールの時代までさかのぼって映画作品を観て学ぶことが望ましい」。土肥さんによると、イギリスのように映画を文法的・国語的に教える国と、フランスのように芸術として教える国と、二つの流派があるように思うとのことです。日本もどちらかというと文法的・国語的に教える形に偏るのではないか、と、土肥さんは危惧していました。そんなとき、諏訪監督は「こども一人ひとりの中に映画の何か…、代替不可能性が存在する。あなたでなければいけない、ということを、我々は映画を創るときに伝え合っているんです」と語ってくれたそうです。「こども映画教室」では、どんな役割であっても、参加者のこどもたちが、お互いにリスペクトと愛情を持って接しているそうです。創作活動によって社会性や視野の広さを、自然と学んでいくことができるからでしょう。深田さんは「フランスの小学校では小津安二郎監督の『お早よう』を観る。しかし日本では大学生でもこの作品を観ていなかったり、知らなかったりするんです。そして、フランス人1人当たりの映画を見る本数は平均で年4本。比較して日本は1.3本…。公教育の差がこんなところにも出ています。映画を教育の現場で受け入れるについても、フランスと日本では土壌が違う…」と語りました。土肥さんは「地元のアートシアターや映画の専門家と、中央の公教育が手を結んで相談して『こういう映画を見せましょう』という活動が世界各国で行われているのに、日本はまだまだというか、多様性がなくて…」。日本の公的な映画教育については課題がまだまだあることが、強く感じられました。
今回、参加して…。
私は現在、監督・プロデューサーとして活動、高校のプロ声優を育成する学科で演技を教えたりと映画・映像の世界で仕事をしています。しかし、こどものころは、これほど多くの方たちと日々出会う職業に就くのがまったく考えられないような、孤独で内気で映画だけが生きがいのような少年でした。なぜ映画に魅せられたのかを、今、客観的に考察すると…。当時の私にとって「映画」は、まだ自分が体験していない「多様な世界」「多様な人生」「多様な価値観」を知るための、そして「こうなりたい人間像」「なりたくない人間像」を知る手がかりだったのだと思います。当時の自分は理論ではなく、なかば感覚的、本能的にそれを直感したのだと思います。映画をきっかけとして「世の中にはまだまだ自分の知らない世界がある。だから知りたい!」と次第に思うようになり、社交性や人と語ること、必要に応じて説得することなどを学び…現在に至っています。それは、実は多くのこどもたちにとってもおそらく同様で、土肥さんが述べられたように、最初の楽しい出会いのきっかけと機会さえあれば、「映画」はそれぞれのこどもたちにとって「大切な存在」となりうると、常々考えています。今後創作だけでなく自分よりも若い世代にさまざまなことを伝えていく活動にも力を入れていきたい、と考えているのですが、土肥さん、深田さんのお話を聞きながら、その思いを新たにすることができました。お二人の次世代への熱い思いと、今後の日本における映画教育の課題を再認識することが出来た今回の鍋講座でした。お時間がある方は、ぜひレポートだけでなく、動画もご覧頂けたらと思います。
文責:上本聡(映画監督・プロデューサー・独立映画鍋会員)
■こども映画教室
http://www.kodomoeiga.com/
■今回の記録動画(※詳細はぜひこちらをご覧ください)
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