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【レポート・鍋講座vol.32】バリアフリー上映の"いま"と"これから"

ゲスト:野沢和弘(毎日新聞 論説委員)
    川野浩二(NPOメディア・アクセス・サポートセンター 理事・事務局長)
司 会:山口 亮(システムエンジニア・独立映画鍋会員)
開 催:2016年12月12日(月)@下北沢アレイホール

 障害者差別解消法が2016年の4月から施行されているにも関わらず、映画業界でその話を聞く機会は多くはない。今回お招きした野沢さん、川野さんは、全国の劇場を対象に、障害者差別解消法やバリアフリーに関して講義をして廻られており、制作・配給も含め、映画業界がどうその問題に取り組んでいくべきなのかヒントを探るべく、今回の講座は企画された。また、日本の隔離型福祉政策のこと、UDトークを使ったプレゼンテーションなど、聴覚障害者の映画鑑賞のことについて、聴者が知らないことばかりの興味深い内容に、当日は講師、手話通訳などを含め、57名の方々が集まった。

 野沢さんの本業は毎日新聞で論説委員で、担当は社会保障全般で、年金・医療・介護コストなどに関する社説を担当しているそう。ただ障害者問題については、ご長男が重い知的な障害と自閉症という障害のある関係で、かれこれ20年ほど専門的に関わっておられ、政府や自治体の色々な審議会検討会の委員として政策づくりや、NPO を作って障害者支援などの調査研究をされているそうだ。
 

増えている障害者認定をされる人々


 日本の障害者福祉はこの10年でもの変わって来ていて、“障害者”と言っても様々なタイプがあり、車イスユーザーもいれば、目や耳の不自由な方など主に身体障害の方の他に、知的障害や精神障害など。最近は難病や内部疾患の方も障害者の認定をされるようになり、数は増えている。手帳を持っているだけでも、身体障害や高齢者が多く、300万人位おり、知的障害も90万人、精神障害も50万〜60万だと言われている。それは手帳持っている人だけの話で、特に精神障害には手帳持っていない方が多く、最近はそれに加え、かなりの数は、知的な遅れのない発達障害であるアスペルガー症候群、学習障害、ADHDなどや、学習障害のディスレクシアという、文字が読めない・読みにくいという特に英語圏に多い障害があり、映画界では、例えばトム・クルーズ、キーラ・ナイトレイやオーランド・ブルーム、スティーブン・スピルバーグもディスクレシアで、スピルバーグは勉強が苦手で、中学校を2年続けて落第し、酷いいじめを受け、今でも台本読むスピードが人2倍くらい遅いと語っていたそうだ。

旧式の隔離収容型福祉政策をとる日本


 日本中に、障害を持った人達が、膨大にいることを知って欲しい。特に知的障害や精神障害を持つ方たちは、日本は先進国の中でも特殊で、入所施設や精神科病院の隔離収容型の福祉が日本の特徴。欧州では何十年も前から、障害があっても、大規模な施設の中で隔離すること自体が人権侵害で、普通の地域に生活の場に変えていこうという「ノーマライゼーション」が政策の軸になっていて、大きな精神科病院は殆どなくなり、知的障害者の入所施設も少なくなってきている。でも日本では、知的な障害の方だけで、入所施設に、まだ12万人位いるそう。精神科病院では、余り医療的なケアが必要なくても、地域に居場所がなく、社会的入院をしている方が20万人もおり、何とか地域へ移行しようとしても、地域の差別や偏見が強く、彼らの家族も戻ってこられても困るから、施設にお願いしたいと託され、なかなか進まない。国の政策としては、彼らも地域の中で暮らせばいいと、グループホームやヘルパーなど、町で暮らすための政策が進む一方で、事件の被害に遭ったり、差別やいじめというのもある。年金等が狙われることも結構あり、そういう中で、彼らの権利を守ろうと、色んな権利の制度が急ピッチで作られてきた。障害者差別解消法はそういう背景の中で、障害者の権利をきちんと守るための、一つの権利保護なのだ。

アメリカから始まった障害者差別禁止法


 海外では、1990年にアメリカで、世界で初めて障害者差別禁止法が作られ、それが先進国にどんどん波及していき、日本の弁護士会が調べたところ、2000年の時点ですでに40数カ国で類似の障害者差別禁止法が作られた。ところがその中で、フランス・韓国・日本という3カ国が抜け落ちていて、しばらくして、フランスと韓国はいい法律を作っても、日本だけは相変わらずで、国が作らないのであれば地方自治体が条例という形で、障害者の差別をなくそうというルール作りを始めたが、相次いで挫折した。これが、初めて日の目を見たのが2006年の千葉県で、元テレビディレクターで参議員を務めた前知事の堂本 暁子さんの時に、民間である野沢さん達が協力し、差別をなくす条例を作り、それが各県・各市にどんどん波及した結果、2013年に国が障害者差別解消法を作り、3年間の準備期間を経て、2016年の4月から、この法律が施行された。
 一般の民間人ひとりひとりが、障害者を差別しちゃいけない、という規制や罰則がある訳ではなく、公的機関と、民間の会社、団体などがこの法律を守る対象になっている。差別の定義は2つある。その一つが「差別的な取り扱い」。これはこれまでイメージしている障害者差別そのもので、障害を理由にして他の人と区別し、不利な扱いをしてしまうこと。つまり障害を理由に電車やバスに乗せないとか、お店に入れない、映画館に入れない、アパートの部屋を貸さない、大学入試を受けさせないなどだ。

合理的配慮とは


 「合意的配慮をしないこと」がもう一つの定義で、合理的配慮というのは、障害があるからこそ何らかの配慮をしないと、一般の人との実質的な平等にはならない場合、過度な負担にならない範囲で、その合意的な配慮を相手に求めることが相手方に義務づけられる。例えば、車イスの高校生がいて、彼はある大学に行きたいと願書を取り寄せて応募をしたが、大学から電話で「車イスだと聞いたが、うちは障害のある方が入試受けられても困る」と門前払い。これこそが差別的取り扱いで、障害を理由に入試すら受けさせない、という不利な扱いをしている。ある大学は「受けて下さい。ただし点数を取らなければ不合格です。」これはしょうがないので、その学生は頑張って勉強をし、入試を受け、良い点数が取れたため合格通知が来た。でも、大学まで行くと、校舎が4階建てでエレベーターが一つも無かった。となると、大学は、表面上は全く差別してないが、結果的には、その車イスの学生は2~4階の校舎のどこにも行けない。そうすると、外見上は他の学生と区別してなくても、実質的には2階以上の教室から締め出しているのと同じ欠陥がある。こういう時に大学側に対して「大学というのは学生に授業を提供することが主たる業務で、ちゃんとこの学生が2階以上のどの教室でも行けるような配慮が必要だ」と言われる。これは過度な負担にならない範囲で、つまり大学側の規模、あるいは財政状況、業務の中身など、そういう個々の状況に照らして、しかも主たる業務に関わる場合には義務化される。その義務に従わない場合、主務官庁から行政指導を受け、それは世間に公表されるので実質的に強制力が伴い、企業団体は守って下さい、となる。

過度の負担だった場合



 では、過度の負担なら、義務でないなら何もしなくてもいいのか、と言う訳でなく、「すぐに何か出来なくても、前向きな話し合いをして下さい、建設的な対話をして下さい」と法律の指針に書かれている。野沢さんの友人の、ある大学の学長の経験談では、「車イスの学生が学長室に訪ねてきて、自分は車イスなので、手を伸ばしても、教室の中の電気のスイッチや高いところの窓のカーテンに手が届かないので、手が届くところに全部工事をして下ろしてくれ、と言って来た。学長が、「年度途中に、しかも君1人のためになぜそんな工事しなきゃいけないか?」と返答したそう。これが過度な負担なのは、明白。でも、「君が困っていることは分かるから何とかしたい。」と、色々、教職員や学生を集めて話し合った。それが「建設的な対応」で、すぐに何百万の工事費をかけて改修することは出来ないが、他の学生たちや教職員に困っている車イスの学生の存在を知ってもらい、どういうことで困っているのか、研修や啓発などで知ってもらう。「君が困っている場面を、学生たちや教職員が見たら、すぐに駆けつけて、みんなで、手となり足となってサポートする。」結果として、どうもその方が圧倒的にいい。なぜなら、彼が困っているのは、電気のスイッチやカーテンだけでなく、図書館では高い棚のものが取れないし、キャンパスはバリアだらけで、スイッチ等の点だけで改修しても、他の所で彼はやっぱり困る。建設的に対応し、ソフトな解決方法を実行することにより、色んな場面で応用が効く。最近は、すぐにお金で合意的な配慮をするよりも、むしろ建設的な対応をしながら、啓発を進めていった方が、結果としてはいいのでは、と、色んな障害者団体の方々と話し合われているそうだ。

ピンチを救ってくれたUDトークとの出会い


 野沢さんは、千葉県の大学で障害児教育の教員志望の学生達のための後期の授業を毎年、一コマ持っており、70人位の大きな教室で、授業後、戻る途中に教務課から電話で「学生の中に野沢先生の授業に合理的な配慮が足りないと言う学生がいる。」と言われたそうだ。色んな場面で「皆さん、合理的な配慮をして下さい」って言っている当人が、自分の授業で学生から苦情が出るという大ピンチ。確認すると、聴覚障害の学生が2人おり、1人は完全に聴こえず、もう1人は難聴。聴こえない学生が、唇の形を読んでコミュニケーションを図るのに、野沢さんが早口で、唇が読み取れないそう。「来週から彼の席のまん前に立ち、ゆっくりと大きな口を開けて授業をして下さい」と言われ、それだけでいいか確認すると、もうひとつの彼の要望として、パワーポイントを使っての授業で、パワーポイントに書いてないことまでべらべらべらべら喋られても困るので、授業で喋ることは、全部パワーポイントに落としておいてくれ、と。ちょっと大変だと思いつつ、次の週行くと、担任や学部長までが心配して教室で待っていて、3人でどうしようどうしようと悩んでるのを、70人の学生達が見守っている。ふと、彼の隣にいる学生がiPad を持っていて、「UDトークを起動させるので、これに向かって喋って下さい。喋った言葉がそのまま文字になります。」と言われた。すると、「マイクを使うとどうも拡散しちゃって上手く変換されないので、マイクは使わないでくれ。」と。今度は難聴の方の学生が、「私はマイクを使ってくれないと分からない。」困っていると、野沢さんが以前スマホにUDトークをダウンロードしていたことに気付き、「私のはある」と言ったら、「なら、それを同期すればいい」と、隣の席の学生と野沢さんのスマホを同期した。教壇の上で、野沢さんはスマホを自分で持ちながらマイクで喋ると、それが離れた学生のiPadに、喋っている言葉が文字になって出てくる。これにより授業は、辛うじて合理的配慮が出来るようになった。でも、無料バージョンは3分しか持たず、3分ごとにスイッチを押し直さなきゃならない。夢中なっていると忘れるので、今は大学側から法人契約をお願いしているそうだ。隣の席の子に、「お陰で助かったよ、IT 詳しいね。」と言うと、「私はアスペルガー症候群という診断を受けているんです。」と。今、本当に色々なところに様々なタイプの障害者が存在している。

一般の人にも好都合な“合理的配慮”


 合理的配慮というのは、実は一般の人にとっても、非常に良い影響が広がっていく可能性がある。なぜなら、障害者は「生きにくい」とか、「社会に参加しにくい・働きにくい」ということを非常に凝縮し、それを分かり易く現してくれている。そこに注目して、彼らを何とか社会に参加し易くするにはどうしたらいいか、と考えていくと、その努力や工夫がその周辺にいる人々にまで広がっていくことがよくある。今、車椅子用トイレが進化し、多目的トイレになり、色んな方が便利なってきた。障害ではない例だと、シルバーシートはお年寄りのための優先席なのだけど、電車やバスの中で椅子が必要なのは、お年寄りだけじゃないっていうことが分かってきて、今は妊娠中の女性、小さな子ども連れ、あるいは内部疾患の方とか、そういう方にまで対象が拡がってきて、ただの優先席・プライオリティシートもある。工夫していくと、色んな恩恵を受ける人が拡がっていく可能性がある。

2020年に向けて


 野沢さんは、2週間前にスウェーデンに行ってきて、ストックホルム市内は色んなお店・映画館・建物での障害者に対するアクセシビリティーの高さを、毎年毎年、市主催のコンテストで競い合うそうだ。障害のある市民が、社会参加し易くなる。これが第一で、もう一つ理由があって、外国からやってくる観光客に温かいおもてなしが出来るようになる、と。スウェーデン語が分からない・スウェーデンの風習の分からない方にも、やっぱりそのお店が、言葉の意味の分からない知的な障害や、色んな精神障害の方に対して優しい接し方が出来ることで、外国からのお客様に対しても温かいおもてなしが出来る。このことは非常に経済効果が高く、今、先進各国の都市は躍起になって観光振興に力を入れている。日本も2020年に向けて、障害者に対するアクセシビリティの高さというものを競い合っていくと、もっと外国から来る観光客にも喜ばれるんじゃないか、と思うそう。   

ビジネスにも良い影響を与える合理的配慮 

                          
 野沢さんが最近気付いた、合理的配慮がビジネスにも良い影響を与えるという一例を挙げると、日本の野球場の車イス用のシートだそうだ。東京ドームが満席で5万人位入る。ところが車イスの方が座れる車イス用のシートは12席だけ。それはまだいい方だそうで、かつての広島市民球場は一塁側と三塁側に3席ずつしかなかったそう。それを聞いた大阪の車イスの男性が、「まだそれは恵まれてる。かつての甲子園球場は三塁側にしかなく、しかもちょっとしかなかった。自分は阪神ファンなのにいつも巨人ファン側からしか観戦出来なかった」とのこと。ところが最近は、広島カープの今のホームグランドのマツダスタジアムには144席ある。これは、設計した担当者がアメリカの大リーグ球場を視察し、入念に調べたところ、大リーグにはもっといっぱいあるそう。差別解消法や国連の障害者権利条約が批准される時代には、それに対応したスタジアムを造るべきだと決まったそうだ。多目的トイレが球場内に40ヶ所以上あり、しかもその半分はオストメイト対応、つまり人工肛門や人工膀胱の方にも対応出来る。更に、知的な障害や精神障害の方が来た時に、親切に案内したり、色んな相談にのったり、毛布を持って来たりするホスピタリティースタッフが、毎試合、10人いるという。広島に住んでいる車イスの男性の話では、マツダスタジアムが造られた当初は、いつ行っても好きなところで悠々と野球観戦出来たのに、それが知られるようになると、車イスユーザーがどんどんどんどん集まり、今年は日本シリーズが1試合も観られなかったそう。
 考えてみると、障害者の方はこれまでは社会参加しにくい状況にいた。実は彼らは娯楽にとても強いニーズを持っている人達だと思う。知的な障害とか精神障害の方とかで、楽しみが非常に少ない生活をして来た方が意外に多い。広島カープはここ数年、観客動員数がもの凄く伸びていて、巨人阪神の次ぐらい。こういう一人一人のお客様の個性やニーズに対応していくと、潜在的なファンを掘り起こして、ビジネス面でも非常にいい結果がもたらされる。そんなことが業界内では言われているそう。
 色んなタイプの選手がいて、その選手の個性を大事にするチームは、多様性を大事にしていくこれからの社会の中では、必ず強くなっていく。これから、様々なタイプの人達がそういう社会を目指していく時に、障害のある方達は、多様性のある社会を作っていく時のヒントを沢山見せてくれる。特に今、雇用や教育の場で、合理的な配慮や差別解消法が非常に議論されている。ディスレクシアの子供たちが結構いて、黒板の字が読めない。こういうソフトを使うと彼らにとって読みやすい字に変換してもらえる、と、お母さんたちがそれを使いたいと言うと、先生方から「1人だけパソコンやスマホを教室に持ち込ませる訳にいきません。」と言われる。でも、視力の弱い子が眼鏡やコンタクトが必要なように、字が乱れてしまう子にとって、それを修正するソフトというのは、必需品だと思うのに、学校の同調圧力の非常に強い文化に拒まれてしまう。

大量生産・集団主義・同調圧力の弊害


 日本で戦後ずっと、工業製品を大量生産が主な産業として、日本の経済を繁栄させて来た。軍隊だとか、工業製品の大量生産というのは、個性よりも均質さが重要視され、忍耐を伴う集団主義だとかが重視された。学校の文化も、それに影響されている面があるんじゃないだろうか。よく引きこもりの子の支援をしている人達と話すと、引きこもってしまった子が何が辛かったかと時々言うのは、学校の体育の授業での跳び箱だったそうだ。クラス全員が4段とか5段の跳び箱を飛べるようにする、みたいなことが結構やられていて。飛べる子は一発で飛べて、あとはずっと待機して見てると。で、飛べない子は永遠と、クラス全員が飛べるようになるまで何度も何度もやらされる。どうも学校というのは、クラス全体で何かをするとか、全員が出来るようになるまでするなど、集団主義が非常に重視される。でも、これまで日本の産業はそれでもってきましたが、もはやシャープが台湾の企業に買収されるような時代。ただ単に工業製品の大量生産だけでは、難しくなって来た。
 アメリカのシリコンバレーに行った時、とてもユニークな、ちょっと変わった人達ばかりに会い、そういう色んな個性や他の人にはないような能力や才能を持っている人達が社会の中に沢山いて、そういう人達が社会の多様性を作っていく。その中から新しいイノベーションみたいなものが生まれてくる。そういう、伸び伸びした社会を創っていく時に、障害者に対する好意的な配慮というのが大きな役割を発揮するんじゃないか、と考えるそうだ。
 
 障害者差別解消法という法律は、特に罰則がある訳ではない。ただ、色んなビジネスの世界も、それぞれが独自にガイドラインを作ったりして、少しずつ障害者の合理的配慮に努めるようになってきた。いずれは色々な分野の色々な業界が、合理的配慮を積極的にしていくと、障害がある方は消費者として、あるいは労働者として、社会にどんどん姿を現わすようになるだろう。潜在的な障害者の数はもの凄い多く、そういう方達が、これから労働者不足が長期的に進んだ時に貴重な労働力になったり、あるいは、経済活性化する消費者として、また色んな文化的な活動をする人としても登場するだろう。その時に合理的な配慮が出来る企業や業界というものは、色んなチャンスを多く掴めるようになってくる。野沢さんは、障害者やこの法律や制度にちょっとだけでも興味を持って頂き、色んなヒントに注目して頂きたい。ただ単に「差別を解消しなさい。合理的配慮が義務ですよ!」と、義務的な強調をされ負担感を感じてしまうよりは、そういう目で関心を持って頂けるとありがたい、と思うそうだ。

映画業界でのバリアフリーの状況


 続いて、メディアアクセスサポートセンターの川野事務局長に、映画業界に関するバリアフリーの状況についての話に移った。
 川野さんはメディア・アクセス・サポートセンター、通称マスクの事務局長をされていて、もともと音響メーカーのパイオニアで音響エンジニアをやっていたそう。映画にも関わっており、パイオニアがレーザーディスクという、絵の出るレコードって言われたもので映画を観る、家庭で映画が観られるという、ビジネスを始めた時に入社し、邦画やアニメーションで、字幕がないと観られない方、音声ガイドがないと楽しめない方がいらっしゃることを知ったそう。今は会社は辞め、このNPO の中で、こういった取り組みをしているそうだ。UDトークというものを出していて、UDトークの簡単な使い方を説明してくれた。インストールして、とバーコードを読むだけ。無線LAN につなぐとか、そういうは事一切要らずに、色んな翻訳が同時に出来るモードがあり、沢山の翻訳が出来たりとか、自分の端末では韓国語にしようとか、英語にしようとか、それを読ませようとか、色んなことが出来る。自分のスマホで見ると凄さが分かる、と話された。実際、東京国際映画祭で『聖の青春』のクロージングで使ったそう。舞台挨拶や、トークショーみたいな時の情報保障に、手軽に使うことが出来て、今までは要約筆記の方を呼んで、人塊戦術を打っていたのに、それがなくて、滑舌良く喋るとかなりの認識率がある。もちろん100%ではなく、100%ならない部分は、実は奥の方で、2、3人で修正していて、リアルタイムでその修正も反映されるそうだ。

バリアフリー字幕の少ない状況


 この新システムが動く前までは、字幕は当然、スクリーンに貼り付けていた。でもフィルムの時代じゃなくてDCP になったので、例えば後から字幕データを劇場に送って出すことも出来るが、スクリーンに字幕を貼り付けるという上映方法だと、普通に耳の聴こえる方からすると、邪魔と言われる方も結構多い。そのため、映画館も遠慮しながら、朝一回とか夜一回とか、少ない回しかやらない。また、劇場公開日初日に間に合うことはまずなく、2週間遅れてやるとかが、字幕では行われている。音声ガイドは、元々劇場に設備がない。川野さんのようなNPO やボランティアが音声ガイドの音源を持って行き、本編の音と耳で聞いてシンクロを合わせて、音声ガイドのみをFM 送信に送ってやる。これも1日、1回だけ。しかも全国でやるとなると、全国7-8ヶ所回って、旅費交通費も出してもらうけども、やらなきゃいけないという。これでも非常に少ない回数しかなかったそうだ。
 アメリカではそういったことを国の政策として進めており、プロンプターのようなものに字幕を出すとかいったことも、ずっと前から始められていた。「今年は何館やりなさい」というお達しもあった。日本語は出ないが、SONY製のメガネ型端末もすでに6000スクリーンにも入っているという状況。これらは劇場設備なのだ。そうすると、やはり劇場設備でやりましょう、と言っても、映画館からの反発は非常に大きい。もちろん国の政策で、というのもあるが、なかなかハードルは高いそう。もともとエンジニアだった川野さん達がマスクを設立し、劇場設備に頼らないシステムで何か出来ないかと、そういったことをずっと実験してきたそうだ。こういった法律の流れの中で、シネコンでの実証実験や、経済産業省主催で実証実験をして、メガネ型が本当に使えるのか、音声ガイドは問題なのかなど、色んな実験をして、2016年に「UDCast(ユーディーキャスト)」という新しいスマートフォンのアプリケーションを使ったものが始まり、すでに年末年始の作品から、最新作も対応していて、『妖怪ウォッチ』など今まで音声ガイドといったものはなかったのに、初日から対応するという、視覚障害者の方が選べる時代になったということ。これは非常に大きなポイントだ。

画期的なアプリ、UDキャストとは


 このシステムは、オリンピック、パラリンピックで多言語化というのに使える。メガネ型端末に字幕を出すということは、そこに英語を載せるだけなのを、色んな言語にするだけなので、可能とのこと。
 UDCast の説明映像が上映された。【(映像)大型客船の待合室に映画が上映されている。外国人観光客、手話で話す母子、日本人とコミュニケーションが取れずに困っている外国人。UDCastがダウンロードわれているスマホで、あらゆる人々が映画の内容を理解し、笑顔で待合室を後にする】
 一つの映像に対してセカンド・スクリーンの方で、様々な情報を同期させるのが、UDCast のアプリケーションだそう。音声から同期情報を得て、スマートフォンなどでバリアフリー化させるアプリケーションで、UDCast は、実際はサーバーの方に字幕や音声ガイド、手話などのデータが入っており、映画館に行く前に、事前にダウンロードし、映画館の中では機内モードにし、一切通信が取れないようにするという使い方だそう。ダウンロードした後は携帯電波や無線LAN 、この辺もアナログのスピーカーから出てくる音に対し同期を取っていて、一切そういったものを使ってない。実際、東京ビックサイトでやった時、何万人だろうと一斉に同期をかけられたそうだ。特殊な仕組みではなく、音が届けば同期がかかる、非常に単純なアプリケーションなのだそうだ。
 映画業界のみならず映像業界、全てのメディアで使用可能。編集しなければどんなメディアで再生されようが映画の音は当然固定されている。最近のiPad はアプリケーションが2つ動く。ということは、NETFLIXなどの配信サイトに対応した映画が再生される際、もう一つのアプリケーションでUDCast を動かすと、そこで字幕や音声ガイドを出すことも可能。この件はまだ色々発展形がある。メガネ型端末もずっと実験を重ねていて、EPSON の「MOVERIO」という機種に、先月末に有機ELという、黒が全く光らない新しい機種が出た。ということは、スクリーンに字幕だけが浮かんで見えるという端末も出てきた。字幕が出ると切り換えれば、英語が出てくるというものが、もう製品として出ている。今8万ちょっとするので、なかなか手軽に買える状況ではないが、色んなメーカーの参入により、いずれどんどん安くなってくるだろう。

アプリでいきなり全国対応に


 バリアフリー上映とは、観えない・観えにくい、聴こえない・聴こえにくい方が、いつでもどこでも映画を楽しめるようにすること。非常に少ない回でしか観られなかったものが、アプリケーションを使うことで、一気に、日本全国公開日から音声ガイドが聴ける、と言う形になった。最初にやった『ワンピース フィルム ゴールド』は、6月に公開した時に、全国どこの劇場でも使えたと。北海道、沖縄などでは、なかなかなかったのに、全興連主催の説明会に行って北海道の視覚障害者の方と話をした時に、本当に喜んでいた。【左向きの顔+♪+音のマーク】このマーク↓は、音声ガイドのマークで、「この作品が対応しました」というマーク。映画サイトなんかでもこれが付いているのは、とにかく作品が対応するということ。映画館が、「ここは音声ガイドが使えますよ。ここは使えませんよ」じゃなく、基本的には全ての映画館で対応する話になっていて、作品にこのマークがついてれば、使えるということなのだ。

スマートフォンは視覚障害者も使う


 川野さんがこれを始めた時に、ある映画館から、「視覚障害者がスマートフォンを使えるのか?」という話があり、やはり知らない人には本当に使えるのか疑問だろうということで、視覚障害者はスマートフォンが使えることを実演してくれた。Android もあるが、iPhoneの「設定」から、「一般」に行くと「アクセシビリティ」というとメニューがあり、「VoiceOver」をオンにすると、音読してくれる。実際、視覚障害者の方は真っ暗な世界だが、スマートフォンの画面を触ると読んでくれるので、今、使い方講習が視覚障害者の団体の方で始まって、これで新しい楽しみが増えるということで、スマホに切り替える動機付けになっているとのこと。それで、視覚障害者のお客様への対応ということで、実証実験に参加された52名の視覚障害者の方にアンケートをとると、実は音声ガイドがなくても月に1回行き、音声ガイドがなくても楽しんでる方もおり、映画を観たい方は結構いる。

視覚障害者の定義 


 視覚障害者がどういう方なのか。全盲の方と弱視の方、大きく2つに分けられるそうだ。スライドでイメージを表示し、それぞれの見え方のイメージを映してくれた。晴眼者の見え方は、視力が弱い所でボケる・ぼやける。視力はどこか一部分が欠ける場合もある。もしくは一部分しか見えない。なので、視覚障害者の方がどこに座るかというのは、本当に個人ごとに、前がいい、後ろがいい、横がいいという、自分が好きな色んなポジションがある。眩しくて見えないような見え方をしてる方もいる。全盲と弱視の方、先天盲の方とか幼児期に失明された方。中途失明の方は普通に会話もコミュニケーションもとる。皆が点字で読めるのかって言うと、そうではなく、中途失明の方は、点字が読めない。白杖を突いている方、盲導犬を連れている方もいる。よくある勘違いは、盲導犬連れている方に声を掛け、どこか案内をする時に当然ご本人で言えばいいが、盲導犬にあっちに行け、こっちに行けと言っても、盲導犬は分からない。その辺も色んな人がいて、注意が必要なのだ。

視覚・聴覚障害者への劇場での対応


 映画館向けに作った映像が上映された。【スクリーン:視覚障害のお客様対応について・ひとりでご来場された際の誘導方法・白杖を突いている際・盲導犬ユーザーの際・チケット購入・開場中・お手洗いのご案内等。】このような、劇場向けの説明会などをし、視覚障害者の方をお迎えする時の対応例を説明している。ポイントは、同行者がいない場合、劇場内の誘導は、視覚に頼らない案内を心がけることだそう。聴覚障害者の方への対応も、こういったマニュアルがあり、全ての映画館に配布しているそうだ。聴覚障害者の方の聞こえ方も、普通に聞こえるものが、音が伝わりにくい、音がもの凄く小さくなる、もしくは音が歪むという事がある。よく聴覚障害の方に大声で話せば聞こえるんじゃないか、と思われる場合があるが、決してそうでなく、大声でも理解できない補聴器をされている方がいる。補聴器に大声で話せばいい訳ではないのだ。

聴覚障害者からのお願い


 聴覚障害者とは、ろう者・難聴者・中途失聴・老人難聴の人々で、彼らのお願いが上映された。【聴覚障害者の女性の話している映像】「私は大人になってから聞こえなくなった聴覚障害者です。話すことは出来ますが、聞くことが出来ません。会話をする時は、相手の口の動きを見ます。大きい声で話して頂いても、聞こえの状態によっては内容が結局分からないということがありまして、色んな方がいる中で大きい声で話されると、注目を浴びて恥ずかしかったり、ということもあるので、怒鳴るということは避けて頂きたいということと、あとは口の形を読んで理解する方も沢山いるので、耳もとで話しかけるよりは、正面に回って口の形を見える状態で話しかけて頂くと、スムーズに会話ができる場合もあると思います。」【映像終了】
 聴覚障害者に出会っても、誰でも手話が使える訳ではなく、中途失聴の方のほとんどは、手話は使わないという方だそう。また、音声を、口を見て読むことがある。また、筆談が必要になってくる。基本的に劇場内で誘導は不要で、音声に頼らない簡潔な案内が望ましい。コミュニケーションボードみたいな、何か手書きの物を作ったり等、色んな工夫をしてもらいたいそうだ。
 視覚・聴覚について語る当事者の映像が上映された。【映像】(女性1)「もう凄く楽しかったです。世界にハマっていました。中に登場しているかのような気分で映画を観ていました。音声ガイドの音も、とてもクリアでき易かったです。どの映画館でも、この回でも、音声ガイド付きで観られるようになれば、今よりずっと私の映画を楽しむ機会が増えて、また、休みの日にお友達を誘っても映画に行けるなんて、わくわくしています。」(女性2)「今は、字幕回を選んで行く方法なので、聴こえる友達と一緒に行くということが、なかなか予定を合わせるのが難くて。いつでも、どこの映画館でも観られるようになれば、聴こえる友達とも行けるようになる。あとは映画の字幕公開日が今現在、第3週になることが多くて、もし字幕メガネだったら初日から観に行って、話題に乗り遅れないようになるので、嬉しいと思います。」

劇場でスマホが必携な人が使えるように 


 「スマートフォンを使っちゃいけない、電源を落として下さい」と、映画館の方でずっと言っていた事が、急に使っていると思われたり、使っている方も「何か盗撮していると思われてるんじゃないか」と誤解されると、お互いに良くないので、聴覚障害者が劇場内でスマフォを使う必要があることを、一般の観客へ浸透させておくことが重要になる。そのために、映画館に「使ってる方がいる」というポスターを張り、数十秒の映像を流しているそうだ。
 
 最後に、音声ガイドの体験を、事前に配られた資料を参考にしながら、みんなで体験してみた。アプリストアでUDCast と検索し入れると、動作確認というのがあり、ほとんどのスマフォでは全然問題ないのにAndroid は機種が非常に多く、完璧に全部使えるかはなかなか検証出来てないので、動作確認というのが一応ある。『絵の中の僕の村』というのを触ると、日本語字幕、英語、韓国、中国、音声ガイド手話動画とかを選ぶと同期がかかる。音声ガイドを選ぶと、「イヤホンを刺して下さい」というのがあり、刺せば聴ける。音声ガイドとイヤホンにすると、流れる。【音声ガイド体験映像上映『絵の中のぼくの村』】スピーカーから音声ガイドを出す。(音声ガイド)「汚れた服を着た男児足を見る。机の間を歩いて行く。誰かが足を出す」音声ガイドのみが、最初のサーバーからダウンロードされ、スマフォの中に音声ガイドが一旦入る。入った上で音声を認識し、同期がかかって、音声ガイドだけが出てくる。色んな映画がこれから対応され、視覚障害者だけしか使えないという訳ではないので、ぜひ、試してもらいたい、とのことだ。

シネマ・チュプキ・タバタの例  

  質疑応答の前に、スペシャルゲストとして、2001年設立された、音声ガイド作成など上映を支援する組織であるシティライツの代表で、田端にあるシネマ・チュプキ・タバタを運営されている平塚さんが紹介された。シネマ・チュプキ・タバタは、ユニバーサルシアターとして2016年9月にオープンし、どの作品も、音声ガイドと字幕を付けて上映しているそう。音声ガイドを続けてきて、障害者差別解消法で変わったという感覚はあるか、という質問に、行政関係の上映会などでバリアフリー上映の導入が増えてきたことや、UDCast の普及が、凄く大きいと思うそう。今後更に幅を広げる上で、対応のノウハウはどうしているのか、との質問に、UDCastが対応してない作品に関しては、自分達で作成し、1ヶ月サイクルで作品を変えていて、音声ガイドに関しては、この15年間に作ってきたストックも使っているそうだ。字幕は、ドキュメンタリー映画やインディペンデント系の日本映画に、付いてないものが多く、選定が絞られてしまうそう。自分達で字幕を作れるようになり、今のところUDCast のツールを使い、それで使えない場合、焼き込みするしかないので、制作側に理解してもらい、作っていかなければならないことが課題だそうだ。
 

人々・街の変化


 劇場に1人で視覚障害の方が来る時に、最寄り駅まで来てもらい、駅までお迎えに行くようにしているのに、うっかりお迎えを忘れてしまった時があったそう。その時は1人で劇場を回していたため、別なお客さんが代わりに迎えに行ってくれたことがあったそうだ。また、映画館商は商店街の中にあるのだが、「ここは通って来られるようになりたいので、自力でも迷いながらでも頑張って行ってみます」と言っている視覚障害者のお客さんが、やっぱり迷ったそう。すると、商店街の方々が一緒に劇場までご案内しますよと、手を貸してくれたそうだ。むしろちょっとした不備があって、周りの手を借りなければならない状況になった方が、周りが必要に迫られて、だんだんそういうことをやらざるを得なくなってくる。ある日、商店街の会長さんからいきなり呼び止められ、「この間の商店街の会議で、この映画館ができたことで、そういうお客様が、結構周りの店にもよく立ち寄ってくれるので、視覚障害者の案内の仕方をちゃんと教えてくれ」と言われたそう。せっかくだからこれを機に、人に優しい町づくりをしようじゃないか、みたいな話になっていて、商店街や自治会の会長さんとか、結構ご高齢の方が多く、「自分達にとっても他人事じゃない。いつ見えなくなったり聞こえなくなったりするか分かんない。やっぱりみんなで支えてやってこうや」と。街なかに、ユニバーサルシアターというものを作ったことの影響がこういう風に出てくることは、最初から「こういう町づくりのために」って言って建てた訳ではなかったので、凄く良い効果が出てきて良かったな、と思っているそうだ。

質疑応答


山口:ここから平塚さんにもこのまま残ってもらい、質疑応答に移りますが、その前に僕の方から2〜3伺いたいことがあります。まず一つが、その作品自体の情報保障の問題というのがあると思います。例えば、本編に字幕を付けたいとか、音声ガイドを付けたい時、費用負担はどういう形でしているのですか?制作会社や配給会社負担なのですか?
川野:製作委員会が負担するという形では、スタートしていますね。
山口:例えばその場合、字幕に関しては大体喋っている言葉をそのまま字幕にしていることが多いと思うのですが、特に音声ガイドに関しては、創作的なものがかなり入ると思うんです。その制作者の意図みたいなものは、そこに反映されているのですか?監督と打ち合わせをするとか?
川野:そうですね、この辺は平塚さん、なかなか制作者が関わってくれなかった時代からスタートしたんですけども、今は監督さんやプロデューサーに立ち会って、監修をしてもらいながら公式なものとして作る、という流れになりつつあります。
山口:例えば『レインツリーの国』という聴覚障害者を対象にした映画で、本編には字幕付いているのに、特典映像には字幕が付いていなくて、何で付いていないんだ?とネット上でプチ炎上しましたよね?例えば本編とかは、字幕とか音声ガイドとか予算を立てていると思うのですが、特典映像に関しては、そういった予算を回せるものなのですか?
川野:パッケージの部署と言うか、会社が違う場合があるんです。そうすると、製作側でバリアフリーにちゃんとしていても、発売会社の方では出来ていなかったりとか、物理的にDVD とかブルーレイの場合、その制作進行上、なかなかタイミング的に字幕を作ったり校正をしている時間がないっていうのもある。一つの例としては『図書館戦争』をUDCast で特典映像対応にしたのですが、UDCast であれば、発売日までに作ってアップすれば本当にOK なので、非常にスケジュール的には楽なんです。そういったものも増えてくると思うんですけど、なかなかその辺がリンクされてない、というのは大きな問題ではあります。
山口:シティライツでは、特典映像に対する音声ガイドとかってニーズはありますか?
平塚:やっぱり皆さんが楽しんでいるものを、同じように楽しみたいという要望はありますよね。特に、凄くその作品のファンだったりしたら、やっぱりそういった付随する情報を知りたいっていうのはあるでしょうから、極力そういうことにも対応していきたいと思ってますけど、やっぱりきちんと公式のものとして、パッケージにも入れることになってくると、なかなか難しいんじゃないかと思います。回収が興業よりも分かりにくいので。

トーク・イベントでの情報保障


山口:もう一つ、イベントにおける情報保障という問題があると思うんですけれども、例えば今日の鍋講座は手話通訳が入っています。ただあれは、主催者側で用意したのではなく、今日来場している、ろう者の映画監督が自分で派遣を依頼したんです。派遣している団体から、こちらにも問い合わせがあり、「なぜ情報保障しないんですか?」って言われたのですが、手話通訳入れると結構費用が掛かるんです。会場費などと同様に、こういった手話通訳も予算に組み入れていかなきゃいけないんじゃないか、みたいに言われても、実際の所、こういった非営利の規模が小さいイベントで、それが現実的に可能かというと、予算的に非常に難しい。例えば、登壇者への謝礼よりも高い費用が通訳者さんに掛かってしまう。そうすると、現実的に主催者の負担っていうのが余りにも大きい。そういう負担があるのが分かっていながら、自分ひとりのために通訳を入れてくれっていうのは、頼む方にも精神的負担があると思うんですが、その合理的な配慮とか、過度の負担というのが凄く曖昧な言葉でしか定義されていない。具体的にどこまでをしなきゃいけないのか、どう判断すべきなんでしょう?
野沢:これはもう、ケースバイケースとしか言えない話ですが、そのうち、訴訟とか、色んなことが起きてきて、だんだん相場額が作られて来ると思うんです。今、手話言語条例とかを色んな自治体が作るようなり、色んな方達が手話を出来るようにしていこうとしています。でも聴覚障害の団体側にすると、誰でもいいって訳じゃない、という意見もあります。だからその辺も今、揺れ動いている時だと思うんですね。会議とかの場合、例えば1人のろう者の方が自分で手話通訳を連れてくると。でも、その会議で、その方が発言する時には、その方の連れてきた通訳さんいないと、他の人たちは分からない訳です。ろう者の方が質問する時に、手話通訳さんがマイクを持って、手話を見ながら皆さんに喋ると。双方にとってやっぱり必要なんです。その辺のことは、まだまだ理解されてないので、ずっとこちら側が負担ということになると思いますが、これから、多分、皆さんにも理解されてくるんじゃないか、と思います。特に会議とかの場面ですね。
山口:実際、こういったイベントで「こういうことも義務なんですよ」と言われても、今まで掛かっていなかった予算が掛かってしまうので、じゃ料金を上げるのか、とか、色んな問題が出ると思います。皆さん、現実的にどう折り合いをつけていく方向になっているでしょう?
野沢:今は現実的には、やっぱりご自分で負担されたりだとか、あるいは自治体が絡んでいるイベントには、自治体が負担したりとか、そういうことはありますけどね。

必要な配慮なのか、過度な負担か


山口:民間の場合、小さな団体の場合やっぱり、お断りするというか、例えばもう今日見たUDトークとか、こういうところでしか対応出来ないってことですかね?
野沢:過度な負担になる場合、そうですよね。そこで、必要な配慮なのか過度な負担か、多分そこで意見の衝突があると思います。そこで、曖昧ですけどね、建設的な対話、例えばUDトークを使いますので、これで凌いで頂けないかとかですね、色んなところを手探りでやっていくしかないと思いますね。
山口:例えば映画だと、舞台挨拶やトークショーがよくあると思うんですけど、TIFFでは舞台挨拶でUDトークを使っていましたよね。ただUDトークって、実際見れば分かる様に、認識しづらい人もいるので、結構な勢いで修正をしていかなきゃいけないとか、色々な負担が発生すると思うんですけど、例えば今日みたいな場合は主催団体の独立映画鍋って決まってますけど、トークショーの場合とかはどういう形になるでしょう?例えばろうの方が監督のトークを聞きたいです、という時に、それは誰が負担するのですか?
川野:そうですね、イベントであれば、そのイベントの主催者ですよね。映画祭だったら、あらかじめ全ての情報保障、特に東京国際映画祭なんか、まさに国際映画祭なので、先ほど出てました様に色んな言語が出せるんですね。なので、もう標準で、例えば来年の映画祭から、もうこれは標準で全てのとこに入れるとか、そういった判断をしてもいいのかなと思いますけどね。
山口:例えば独立映画鍋には、小さな映画を作ってミニシアターで上映するみたいな人達が多いんですけど、そういった、例えば深田晃司監督は、今アップリンクで上映していて、結構頻繁に劇場に行っていると思いますが、そういった場合、トークの企画とかは誰の間で行っているんですか?
深田: 深田です。トークの企画は、大体、配給宣伝の方で企画を立て、劇場の承認を得て進めていくという感じですね。
山口:深田さんが配給と話をして、誰をゲストに呼ぶか決めている、と。
深田:そうですね、はい。
山口:そういった場合に、例えば、ろう者の方がトークを聞きたい、という時には、誰がどう対応するんでしょう?
川野:負担が凄くあるようなイメージを持たれるかもしれませんが、凄い簡単ですね。まさに、今、私の1台で例えばマイクでポンとやれば、バーコード発行して、すぐに先ほどの様に出来ます。修正者が仮にいなくても、割と想像が出来るんです。私が話していることが少し間違っているかも知れないんですが、これで本当にゼロか1かの話で、これがなければ全く情報保障をしてない。でも、分かるんです、何となく。でももちろん修正者が居てくれればすごく楽ですけど、決して過度な負担はないです、このUDトークに関しては。なので手軽に、法人契約をすることで、非常に低い金額で高機能な翻訳エンジンに使えるので、気軽に使えばいいと思います。
山口:なるほど。じゃあ今、UDトーク使うことが現実的な選択ってことですね。
野沢:あと、私は授業でUDトーク使っていますが、それだけだとやはり変換ミスとかあったりするので、今日どんな話をするか、予めペーパーで、あらすじでいいのでくれないかと。それを見ると、今、川野さんもおっしゃった様に自分の中でミスがあっても、後で自分でも想像しながら修正していくので、そういう色んな保管物も利用して頂きながら。トークショーで、アドリブでやる場合にはなかなか難しいですけども、例えば監督の挨拶のサマリーみたいなものをあらかじめ渡すとか、そういうことで相当理解出来ると思います。
川野:それともう一つ付け加えると、辞書の機能を持っています。なので、私はちょっと今日、間に合わなくて余り入れていませんが、話す言葉を辞書登録をすると、正確に出てきますので、本当に使い方次第なんですよね。ぜひUDトーク使って頂きたいです。
山口:分かりました。ありがとうございました。
それ以降の質疑応答で語られたのは、
障害者差別解消法という法律を新しい技術開発のトリガーとし、「障害者のためにやらなきゃいけない」と義務感で考えるより、経産省にお金を出してもらい、映画の未来のために製品開発をして、新しいビジネスチャンスに繋げるんだと、考えた方が楽しい、というご意見。
120分の作品をUDキャスト対応にすると60万円前後という費用が掛かること。
UDトークの開発者の青木さんへの質問には、UDトークは速度規制がかかっても、実験済みで大丈夫なこと。音声認識も翻訳もGoogle とかMicrosoft みたいな日本の民間企業のクラウドでやっていて、UDトーク持っている翻訳エンジンを使っており、一番精度が高いんじゃないかと思っていること。もちろん、クラウドサービス利用料かかっているので、意外とUDトークはランニングコストかかっているが、逆に広く使われれば1個当たりの単価が下がっていくと思うこと。
UDトークで文字になったデータは、持って帰ることは不可能。発言者にはログを渡すので、必要なら発言内容の権利を持っている発言者に個別に交渉すればいい。
平塚さんから、スマホで何でも出来ると言って普及させるには、実際は、UDキャストの使い方講習会を開いても視覚障害者でスマホを使いこなせてない・馴染めない方が多く、ドコモのらくらくフォンを使って、手の感触で押して喋ることに慣れていて、通話はスマホでなくそれを使い続けたいが、UDキャストのためだけにスマホやiPod touchを買うか悩んでる方が多い、との意見が出た。それに対し川野さんからは、1台だけあれば簡単に同期がかかり、どこの映画館でも出来るというメリットがあると思うので、その辺はだんだん、コミュニケーション取りながら進めていきたい、とのこと。
「障害者差別解消法が4月にスタートしたので、それによって聴覚障害者への字幕が大分増えてきたということはよく分かるが、法だからやらなきゃいけない、というのは、ちょっとおかしいと思う。字幕を作るのに予算がない、そこまでやる時間もないかも知れないが、予算が少なくても出来るはずなので、ぜひ要望したい。聴覚障害者には字幕、視覚障害の方には音声ガイドをつけて頂ければ、逆にその商業ベースにも乗れるんではないか。逆にお客様がもっと沢山増えて、いい結果になるのではないか。」との意見が。他の方からも「字幕を付けて障害者の方達が観られるようになることで売り上げが上がるので、その分をボランティア団体の方達が、作られた字幕に対する権利料として一定分、バックするようなことは出来ないのか?」という意見があり、それの返答として平塚さんから、「私達のユニバーサルシアターでは、やっぱり配給さんも予算が全然なく、発注なんかかけられないっていう場合も多いので、これは劇場側・私達が自分達でやりますと。一応、配給さんにこういうもの作りますって。せっかく作ったのだから、他の劇場でバリアフリー上映したいという方が現れた時や、ゆくゆく非劇場で使われていく時に、少しその音声ガイド使用料みたいなものを取ってもいいですか?とか、あるいは音声ガイド付けるのに、FM のそのシステムを組みに行ったりするのも派遣料だから、映画だったら映写技師料みたいなそういう感じで、使用料は取れなくても、少しそういう形で回収させて頂いていいですか?って、折り合いをつける場合がある。ただ、上映会の主催者さんも、3万円以上のプラスアルファーの負担は難しい。行政も、1年前からそのための予算をちゃんと組んでたりしてくれれば、また別だけど、自主上映団体とかに音声ガイドや字幕つけるのに、プラスアルファは…。なので、その程度の範囲内で、もう、1万円から受けるみたいなご協力体制ですよ。」とのこと。
字幕や、音声ガイド、バリアフリーに関して、助成金が下りない作品に関しての質問が上がり、川野さんから、企業からの提供・協賛で字幕を付ける可能性にふれ、UDCast が、これだけ広まって来ていて、そういったユーザーも拡がるってことは、そこに対して一つのマーケット、拡がりがある。企業なり、そのお金を出してスポンサーになることのメリットが拡がっていくような気はしているそうだ。

おわりに


 今回の鍋講座で、初めて視覚障害者や聴覚障害者について知った、学んだことが多かったのですが、当然視覚も聴覚も、中途障害という形で突然発症し、そのような方達は、点字も読めない、と。私が突然今、視力を失ったら、確かに急に点字が読める様になれるとは思えません。UDキャストの出現は、視覚障害者でスマホを使いこなせてない人も多い、という現実はあるようですが、画期的な発明であることは間違いありません。視覚・聴覚障害者が上映中にスマホを使い易くなるように、また、自主上映の時などに、急な配慮が必要とされた時に即対応出来るように、UDキャストの使い方が広く一般に認知される必要があると思いました。自分はまだちゃんと使える自信がないので、色々試して使い方に慣れたい、知りたいと思いました。(文責:山岡瑞子
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野沢和弘:毎日新聞 論説委員。1983年、毎日新聞入社。津支局、中部報道部(名古屋)を経て92年に東京社会部へ。いじめ、引きこもり、薬害エイズ、児童虐待、障害者虐待などに取り組む。社会部副部長、夕刊編集部長などを経て2009年から論説委員(社会保障担当)。社会保障審議会障害者部会委員、内閣府障害者政策委員会委員、植草学園大学客員教授、東京大学非常勤講師など。主な著書に「あの夜、君が泣いたわけ」(中央法規)、「条例のある街」(ぶどう社)、「廃墟の中の希望」「なぜ人は虐待するのか」(Sプランニング)、「わかりやすさの本質」(NHK出版)。
川野浩二:NPOメディア・アクセス・サポートセンター 理事・事務局長。1963年、大分県大分市生まれ。1985年、レーザーディスク事業を始めた頃のパイオニアに音響エンジニアとして入社。DVD、Blu-rayと移り変わるパッケージビジネスに関わってきたが、あるとき視聴覚障害者がアクセス出来ていない問題に気付き、技術で解決することを模索。2008年、映画・映像業界と障害者団体の架け橋となるべくNPOを設立する。映画館での新たな設備投資がいらない、メガネ型端末による字幕表示、スマートフォンによる音声ガイド再生を実現し、全国の映画館で始めることに繋がった。
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