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独立映画鍋×第29回東京国際映画祭提携企画 トークイベント「女もつらいよ!?日本映画と現場のリアル~映画・仕事・子ども~」レポート PART1

現在、日本映画において女性の監督の活躍は目覚しく、撮影現場において女性スタッフの存在がごく日常となってきています。
しかし、ジェンダーバランスを見ると、依然として男性スタッフの数が優位にある現状が…。これはなぜでしょうか?
「日本映画の現場に、女性の参入を拒むバリアがあるとするなら、それを検証してみたい。
男性目線から語られることの多かった「映画の現場」を女性目線で問い直したい!」という思いで実現した企画です。
今回は、独立映画鍋×第29回東京国際映画祭提携企画として、二部構成でトークイベントを開催しました。
第一部では、二人の子どもを育てながら第一線で活躍する現役助監督石井千晴さんを、第二部では海外より東京国際映画祭に参加した女性映画人・パメラ・L・レイエスさん(フィリピン)とカトリーヌ・レンメさん(ドイツ)をゲストにお招きし、「日本の現場」を相対化しつつ課題と展望を語りあいました。[文:上本聡(独立映画鍋会員)]

トークイベント「女もつらいよ!?日本映画と現場のリアル~映画・仕事・子ども~」


PART1「日本映画の現場より」


ゲスト:石井千晴(映画助監督『淵に立つ』ほか)

PART2「海外からゲストを交えて」


ゲスト:パメラ・L・レイエス(フィリピン)(第29回東京国際映画祭「アジアの未来」部門上映作品『バードショット』プロデューサー」、カトリーヌ・レンメ(ドイツ)(第29回東京国際映画祭コンペティション上映作品『ブルーム・オヴ・イエスタディ』プロデューサー)
通訳:藤岡朝子(山形国際ドキュメンタリー映画祭理事・独立映画鍋理事)
聞き手:深田晃司(映画監督『淵に立つ』『さようなら』『ほとりの朔子』ほか・独立映画鍋共同代表)
進行:根来ゆう(映像作家・独立映画鍋メンバー)
会場:2016年10月28日(金) 18:30~21:00@六本木ヒルズ ハリウッドビューティプラザ 4F「メイスクラブ」

PART1「日本映画の現場より」


きっかけは映画『淵に立つ』から


今回のゲスト、助監督の石井千晴さんは、聞き手である深田晃司監督の、本年度のカンヌ国際映画祭「ある視点」部門・審査員賞を受賞した『淵に立つ』のセカンド助監督をつとめました。
『淵に立つ』の撮影時、石井さんは、1歳と2歳のお子さんを育てながら、現場に参加しました。
作品についての打ち合わせの際、深田監督は石井さんから「子どもができると映画界で働くことをあきらめてしまう女性スタッフが多い現状がある。そういった状況を改善するためのシステムをいつか作りたい」という話を聞き、何か自分たちでできることはないのだろうかと話し合ったそうです。
「今日のような集まりが、何かのきっかけになればと思っています」と深田監督。
石井さんが本作でつとめたセカンド助監督というポジションは映画の現場では「演出部」と呼ばれるセクションに属します。
演出部は監督の補佐をしつつ、作品について、監督が持つイメージを実際に具現化していく部署です。
セカンド助監督は、チーフ助監督の作った準備から撮影までのスケジュールに応じて、美術(セットなど)や小道具、メイクの準備や出演俳優の補佐、エキストラ手配などを行います。
深田監督は「とても助かったのは、本来ご自分のお仕事ではないはずの、僕の連絡系統まで補佐してくれました」と改めて石井さんに感謝。

実際の日本映画界の現状は


深田監督は、子育てしながら助監督をされている方と仕事をするのは、石井さんがはじめてだったそうで、石井さんも、自分以外で子育てをしている女性助監督はまだ会ったことがないそうです。
助監督とお母さんであることの両立は苦労の連続で、石井さんは撮影の準備期間中は、周りのスタッフの方たちに「子育てがあるので、必要なときは自宅に帰ります」と話して理解してもらっています。
しかし撮影がスタートすると一転。
その間、まったく自分の子供には会えなくなってしまうので、自分の両親に預けています。
撮影が終わって再会すると、子供たちはすごく寂しかったのか、ずっと一緒にいたがるのが切ない、と語りました。
石井さんが仕事を受ける基準は、準備撮影含めて2ヶ月以内の拘束期間であること。
たとえば6ヶ月間作品に関わっていて、その間、子供にもし病気や事故があれば作品から離れなければならないし、代わりを探すのも大変。
みんなに迷惑をかけたくないという気持ちがあるからだそうです。
ここで深田監督が「石井さんのイメージしてるサポートネットワークは、どんなイメージですか」と質問。
石井さんは「私が仕事をできているのは、今は両親のサポートのおかげ。それでどうにか子育てをしながら、仕事で24時間動けます。しかしそれは、1年間も続くと私も両親も疲弊してしまう。個々人の努力だけでは限界があるので、システムの存在が必要です」と訴えました。
多くの女性スタッフが、出産とともに映画界から離れてしまうことが多い原因の一番は、撮影時期の拘束時間が長いことです。
日本映画の現場は一般に「1日の撮影時間が長い」です。
石井:たとえば朝8時に監督が「用意!スタート」と撮影を始めるためには、逆算して、メイクさんと俳優さんたちに入ってもらうのが6時半。そのため私が家を出るのは朝5時です。早く撮影が終わって21時。でも22時に片付けが終わって家に着くのが23時。
また翌朝5時出勤、というイメージです。子供は起きてない時間です。これは助監督だけでなく全員こういうサイクルで動いています。
深田:現実として映画界で結婚できてない方、子供がいない方が多いことも関連してい
ますね。
現在の日本の映画業態が結婚や子育てをする環境に適していない、ということです。完全にパートナーに子育てをゆだねないと現場に入れない、生活できないという現状がある。
石井:うちも夫婦共働きで生活してますけど、最近ある作品で一緒にやっていたスタッフは生活も時間もお金も大変ということで恋人に去られてしまったり…。
根来:日本は男女平等指数(ジェンダー・ギャップ指数)がG7で最下位、順位は調査対象144カ国のうち111位ということで、こういうシンポジウム自体が敬遠されてしまう向きもあるのですが、今日はこの会場が満員でうれしいです。
深田監督は、どういうきっかけでこのイベントを開催しようと?
深田:石井さんの話を聞いて、企画したいと思ったのと、東京国際映画祭と言うことで、海外の方から話を伺うチャンスと思い、企画しました。
日本映画界のジェンダーバランスはまだまだ不均衡だと感じます。
原因のひとつに撮影現場の環境の悪さが挙げられます。。
僕は21歳のとき、製作費5億円というような予算のある、大作の現場に美術助手で入って、毎日殴られる、蹴られるというような体験をしました。
美術部は撮影の終わった後に撤収があるので、ときには帰りが夜中の2時、3時なって、2時間だけ寝て現場に行くという毎日でした。
しかし、そんな美術部のさらに後まで現場に残っているのが石井さんの所属する演出部、そして制作部。
この人たちはいつ寝ているんだろう、というような思いを当時抱きました。
実際、男性でも体力的にきついです。
それであきらめて田舎に帰ってしまったり、別の仕事に就く方も多い現状です。
つまり、体力がない人間が排除され易い業務形態なんです。
そうすると、一般的には女性より男性のほうが体力的に優位にあるはずなので、結果として女性に不利に働くことになります。別にスポーツをしている訳でもないのに。
そういったバランスの悪い体育会系の、男社会の慣習が日本映画界にはまだまだ残っていいます。
だからこそ、自分の作品の現場では怒鳴り声やパワハラ、セクハラは完全に排除したい。
しかし、これまでの慣例に慣れているスタッフたちが参加する中で、そうした空気を完全にフラットで平等な空間にするのが難しい、ということも感じています。
そうした中で、現場でバリバリやってくれる石井さんをお迎えして、いろいろお話を聞いてみたいと思ったのがきっかけです。
石井:その話を聞いて、私、そういう社会で育ってきたんだと思うと、身につまされるものがあります。セクハラしてないかな、とかパワハラしてるかも…とか。
もう少しみんなが働きやすく、血色のいい人たちが現場に増えて、男女関係なくパパでもママでも、映画をやりたい人が参加できる業界になってほしい。
私には難しいことはわからないけど「今はそうじゃない」てことは、わかります。
それなら、変えていければいいだろうし、変わっていくことを実現できたらいいな、と思っています。

深田:海外の方たち、たとえばフランスだと、1日の撮影労働時間は組合の規定で8時間と決められています。
準備撤収も含めて8時間以内に収めなくてはならないんです。
それを過ぎたら残業代。その後一定時間(10時間程度)間を空けないと、次の撮影に入ってはいけないのです。
もしそれが、日本に適用されたら、今日本で起きている映画界の労働問題の8割が解決するでしょう。子供を持つ母親たちも今よりは働けるようになります。
石井:最近現場である海外の俳優さんとお仕事しました。
その方は撮影は現場入りしてメイクスタートから10時間拘束までで、撮影が終わったら次の現場まで12時間空けないといけない、という契約でした。
でも私たちのチームはそれを守れず時間オーバーしてしまった。
そのとき彼は「日本なら仕方ないよね」と笑ってくれたけど、実際は笑い事じゃないですよね。
深田:アメリカ映画界の労働時間は、10時間拘束ですね。
フランスの監督がアメリカで撮影するとフランスより毎日2時間長く撮影できるから撮影が早く進む、と喜ぶんですが、いやいや日本なら27時間働いてますよっていうブラックジョークのような状況ですよね。
朝6時集合で片づけが終わったのが、翌日の正午とか…。実際に照明スタッフをしていた頃に経験しました。
僕の作品では、撮影は遅くとも夜10時までに終わる、というルールを自分に課しています。『歓待』以降の全ての作品でなんとかほとんど守っていますが、ときに雨で撮影が中断し結果深夜まで掛かってしまったこともあり反省しています。
欧米では、こうしたことは実際に組合があるからできることでもあって、彼らは、長い歴史の積み重ねによって条件を整えてこられたこと、またもともと社会全体が労働環境に対する意識が高いので、映画界でも同様なのです。
日本も、急には変われないですがこういうことを目標にしながら、ではどうすればいいのかを考えていかないと。
石井:そこに戻ってくるんですよね。
出産休暇をとったときに考えはじめて、育児を3年間やってみて、改めて思ったことがいろいろあります。皆さんのお知恵を借りたいです。

新しい試みを


根来:深田監督、現場で何かお触れを出したそうですね。
深田:『淵に立つ』のときに、僕が所属している演出家・平田オリザ主宰の劇団青年団が出しているセクハラとパワハラの禁止規定を参考に、現場用にそれを書いてスタッフの皆さんに、事前に配布して読んでいただきました。
抑止力になればというのももちろんあるんですが、結果それは自分自身のためでもあるんです。
監督というのは比較的、自分ではそんな気がなくても現場の力関係のピラミッドの中では、上の位置になってしまいます。
自分がいちばんセクハラとパワハラの加害者になる可能性が高い、ということが言えるんです。それで自分自身への戒めも含め、禁止のお願いを配布しました。
実際には、振り返ってみて、比較的抑えられたなと言う部分もありますが、完全にはなかなかゼロにならない部分もありました。
石井:「そういうことに意識的だよ」というのを現場の上に立つ方が明言してくれることで、現場の空気感が変わるのかな、と思います。
深田:加害者になりうる立場の人間の意識の変化だけではなく、そういう事態になった場合、申し立てをしやすい環境を多少は作れたかな、というのはあります。
それはとても大事なことで、ハラスメントと言うのは力関係の上から下に行われるものなので、そもそも訴えにくい、というのがあるんですね。
また女性に対するハラスメントも日本映画界では実際多いので、その抑止力になればとの思いです。
文書化して配布することで、引く人もいたかと思いますが、そういった反応も含めて見てみたかったというのもありますね(笑)。
ハラスメントのラインは時代によって変わっていくので、年を重ねていった人間はそういったことを意識しなくてはいけないと思います。
そして…どこでもそうですが、今の映画業界においては子供を持つことが活動に対するあるバリアになってしまっています。
いやな言い方をすると、雇うプロデューサーからしたら、スタッフの子育てがある種のリスクとして捉えられてしまう可能性があります
石井:そうなんです。
先ほど長期間拘束の作品だと参加できない、という話になりましたが、「途中で私が帰ってしまうかも」とか「子供に何かあると作品を離脱するかも」「ママさんだから何か考慮しないといけないのかなあ」と雇用する方に思われてしまうこと自体もマイナスですね。
深田:それで、お金のない、つまり余裕のない現場になればなるほど、そういうケースに対応できなくなっていく…ということになります。
子供が生まれること自体がその方の雇用価値を下げてしまうことになるということが起こります。
本来は、周囲のみんなで支えあってその方の雇用価値を下げないようにしていく環境を作っていくことが望ましいわけです。
石井さんのお話で興味深いのは、子供を生むこと自体が雇う側にとってのリスクになる、ということです。
思い出したのは、現在の日本映画界で行なわれているインターン制度です。つまりインターン制度においては将来映画界を担う人材を育てていくために学生を現場に雇いますが、しかし学生は当然現場で即戦力になるわけではない。むしろ雇用する人によっては「来て欲しくない」と思う人もいるかもしれません。しかし現場で働かないと人は育たないわけで、それは公共的に価値の高いことなので、映画学校の学生をインターンで雇うと文化庁から助成金が入る制度が日本ではあります。
現在はインターンを現場に呼びやすい環境が整いつつありますが、そのシステムを子育て中の親たちに勘案して生かすことはできないのか、と思います。
石井:そうですね!
具体的に、現場で私を雇うことにリスクを感じる製作者に、私を雇うことで企業、基金、国、公共機関から助成金が入る、ということになればいいのですが…。
また、子供をベビーシッターとして預かってくれるシステムが、子育て中のスタッフに適用されるようになるといいです。
深田:現状は、まったく、子育てしている方たちにはそういった支援がないですね。
石井:そうなんですよ。『淵に立つ』でもプロデューサーさんが私に声をかけてくれるのは、私の現状を承知してくれているからです。
私の思いも聞いてくれ、リスクを背負ってくれているわけです。
サポートしてくれる環境や支援制度があれば、もっとさまざまな作品に参加できるのに、と思います。
根来:たとえば、負担を減らすために、仕事のひとつのポジションを複数の方で分け合って担当する、というのはできますか?

石井:ケースバイケースでは、可能ですね。各部署で、誰がどこを担当するのか部内でしっかりプロトタイプを作り、バックアップしてくれる人材を確保すれば…、できる可能性はあります。
根来:ワークシェアですね。
深田:石井さんといろいろ話していた際に思ったんですけど、子育て中で現場になかなか参加できないママスタッフ、パパスタッフたちで集まって、でお互いを支えあうシステムや支援ができるのではないか、と…。
石井:そうですね。私が考えるものは、どういうシステムに実効性があるのか、どういったところにあたればそういったシステムができるきっかけになるのか、ここに集まった有識者の皆さんに、伺いたいです。
今後私が、この環境で今の仕事を続けていくことには、限界が来ると思います。
実際にこの1年、両親に育児を助けてもらいながら、感じました。
子供が中学生になるまでにこのシステムがあれば…。この1、2年で欲しいです!

活発な意見交換


ここまでの話し合いを受けて、ご来場くださった方たちから、ご意見を伺いました。
まず挙手をしてくださった方は、ご自身の体験をもとに「政府に支援の要望を出す前に、自分たちで動いてまずグループ、組合、組織を創り、その維持運営のためにはこのくらいの予算が必要であると算出し、それを出せる政府機関や企業、団体を探していくのが有効では」との意見を述べてくれました。
「実際に集団を運営していきつつ、足りないものは何か、どのくらいの支援が必要かを具体的に抽出して申請する。つまり、何から手をつけるか、どうしたら支援できるのかを自分たちでプランニングし、協力を要請したほうが実効性がある」と語ってくれました。
また別の方は「どれだけこの業界でそういった制度、支援が必要な人がいるのか、具体的な数字が必要と思います。企業や国を動かすには。ある程度の人数が必要です。
ま実際の制度を整えるには時間がかかるので、制度改革には最低でも数年かかります。
今、もし石井さんがお困りなら、子育て支援をしてくれる公共機関はあるので、まずそこに相談することもできると思います」と発言してくれました。
その方の「業界全体の制度改善を考えるなら業界全体を動かす意志で動く必要があり、女性だけでなく勤務時間の長さについてや、労働条件の改善など全体のなかのひとつの提案など、いろいろ方法を検証すべきです」という意見を受け…。
深田監督は「行政が動きやすいよう意見、統計と数字を含めて、これだけ多くの方たちが“現場から阻害されてしまっている”ということを提示することが大事と言うわけですね。映画鍋として、できることをやっていければと思います」と発言。
また別の来場者の方は「海外ではイギリスの女性カメラマンたちが、自分たちでネットワークをつくって子供の預けあい、ということをしていた。公の機関を動かして制度をつくるのには時間がかかるが、同じような環境にある人たちでカジュアルにネットワークを作っていくという発想が有効で現実的ではないでしょうか」という発言をしてくれました。
深田:行政では制度改革に時間がかかるので、自分の周りの人たちとまずアクションを起こすというのは、いいかもしれません。
自分は、劇団青年団の演出部に所属していますが、劇団全体でメンバーが120人近くいます。
発足してもう30年経過しているので、劇団員が年齢を重ねていて、劇団員同士で結婚して子供も生まれています。
そこで、自然に子育てグループが劇団内部でできて、助け合いが行われています。
難しいとは思いますが、映画の助監督が120人集まってそれができるなら、悪くないと思う。
海外では実際にどんな助け合いが行われているか、知りたいです。
と第一部を結びました。
(第二部につづく)こちらへ
第一部の実況動画がYouTubeで見られます。→こちらへ


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