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【鍋講座vol.21】法律編⑤「トラブル事例から学ぶ独立映画の海外戦略」レポート

鍋講座vol.21 法律編⑤「トラブル事例から学ぶ独立映画の海外戦略」 
日時:2015年3月5日(木)
場所:下北沢アレイホール
【ゲスト】照井 勝 弁護士
【ファシリテーター】伊達浩太朗(映画プロデューサー「サウダーヂ」「解放区」ほか) 

著作権処理、契約書、劇中音楽、製作委員会形式などに関する問題などは、不安の種。そこで、案件の約5割が海外関係であり、日常的に海外事例に関与している照井勝先生をお招きし、契約における日本と海外との認識の違い、日本のエンタメ業界が陥りやすいトラブル事例とその解決案をお話頂き、会場からの質問にもお答え頂いた。
まず照井弁護士が総論として、「敵を知り、己を知れば、と言うが〜戦後70年、日本人は変わらなかった?」というサブタイトルを付けたが、これは普段意識していない日本人の特徴を認識しておくことが、海外取引で相手方と交渉するに当たって参考になるから。いくつかポイントを挙げられたが、そのご指摘内容は以下のとおり。
日本のエンタメ業界は、総じて契約書が苦手。一番の理由は「信用してない」と思われるのではないかなど、関係が悪くなるのを恐れるから。そもそも契約書を必要とする理由・出発点から異なる。海外では、想像力をフルに活用してリスクに対してどのような対処法で臨むべきかを考え、それを明らかにするのが契約書。日本国内では常識がほとんどブレないが、海外ではそうではない。そのため、特に欧米では大きなトラブルを事前に回避するための手段として、契約書を作るのが常識だが、他方、日本ではお互いが合意をした証しとして契約書を作るという側面が強い。また、日本人は交渉を楽しめないというか、むしろ嫌いで、厳しいことを言ったら嫌われるから「そこまで言わなくていい」と気を使い過ぎる側面がある。しかし海外との交渉では、実は相手側はそのようなことを特に気にしていないということも少なくない。契約書の内容も、日本語は英語に比べて構造的に明確でない言い方が多くあり、日本語特有の主語などを飛ばす書き方などはその一例である。ライティングもスピーキング、交渉に際して英語が中核を占めているのが現実であり、非英語圏の国同士の交渉でも同様である。国際取引においては英語なしでは成り立たないことを意識した上で以下、お話は具体的な事例に移った。


【各論(CASEⅠ):私の常識≠あなたの常識】
 バブル絶頂期のプロデューサーである私が作った映画を20年後、米国人プロデューサーがリメイクを希望してきた。偶然、製作委員会契約書が出てきたが、on-demandについては明記していない。この場合、製作委員会契約書でどのように規定すべきだったのか?


製作委員会は80年代から始まった民法上の組合で、日本独特の制度。契約書に記載のない項目は、原則として全会一致での可決が必要となる。最近は、当事者が増えて製作委員会の構成員が20社とかの場合もあり、甲乙丙とかの表記が増えすぎて特定がしにくくなることも。製作委員会契約の期間が非常に長くなったことに加えて、最近の技術革新のスピードが想定を上回るものであるため、契約書でカバー仕切れていなかったりすることがある。実際に関与した事例では、委員会のメンバーが半分しか集まらず、残りは連絡も不可能だったり。破産よりもやっかいなのが、このように連絡が取れないケース。権利者を探しても不在通知しか戻ってこず、新しい事態に対応できない。日本人独特の場当たり的な対応のために、将来非常に困ることになる。この状況を避けるには、一定期間、連絡取れないならメンバーから外す、など契約書締結時に盛り込むべきだろう。


【各論(CASEⅡ):交渉はゲームだ!】
あなたの映画が映画祭で高い評価を得て海外の配給会社からオファーが。説明不足で「Chain-of-Title」が何だかわからないままサインしてしまったが、至急提出を求められた。どうしよう?


この「Chain-of-Title」については、その後の質問コーナーでも質問が集中した。製作委員会を作れば製作委員会契約書が、監督に依頼すれば監督契約書が、出演者には出演契約書が、配給宣伝を頼んだら配給宣伝契約書が、というふうに何かするたびに契約書が作成される「はず」。これらの契約書群により、原権利者から現在の権利者までの連続する権利移転を証明し、契約当事者(現在の権利者)にきちんと権利がありことも証明できる。「Chain-of-Title」は米国では不動産取引などでも使われる概念で、平たくいうと映画を作ってから今に至るまでの全ての契約書のリストのこと。この「Chain-of-Title」が出せないと、「1円も払わない」と契約後に言われ、にもかかわらず契約解除も出来ずに権利が塩漬けにされ、配給出来なくなるなど非常に困った事態が生じる可能性もある(実際に同種の相談を受けたことがある)。解決法として、「一定の期間を設けてトライするから、見つからなかったら権利を返してくれ」などと交渉することなどが考えられる。なお、海外の相手にとって交渉は一種のゲームのようなものであり、スタンダードの条項を削って送りつけてくることはよくある話。相手方の言うスタンダードを鵜呑みにせず、まずは疑うことが大切。


【各論(CASEⅢ):Local Ruleに気をつけて!】
プロデューサー兼監督の私。海外の投資家から共同制作を求められ、契約に現地に呼ばれたが、日本語でも英語でもない母国語でない限り契約書を締結出来ないという相手方。どうする?


インドネシアや中国の様に現地語で契約書を作らねばならないという現地の法律がある場のケースだが、英語の契約書は無効だと言われても、鵜呑みにしてはならない。実は現地語以外の契約書を作ってもいい場合もある。例えば、インドネシアでは、現在のところ一通は必ずインドネシア語のものを作るが、契約書の相違が出た時は、英語版(日本語版)を優先させる条項を加えても問題がないとされている。ここでも、相手の言うことを鵜呑みにしないことが大事。疑問点の全てを弁護士に確認するのが費用対効果の面から現実的ではないとしても、少なくともまずは自分でネットで下調べをするとか、或いは周りにいる経験者から裏取りをするなど、できるだけのことはするべき。


【各論(CASEⅣ):日本的音楽事情】
私はある名作のリメイク作品の全米公開のための企画交渉が進んでいた。相手側から、音楽も日本のオリジナルと同じものを使いたいと言われたが、JASRACで追加使用料を支払わないと使用は出来ないと言われた。この場合、どのように権利処理、又は交渉すべきだった?


海外では可能な場合もあるが、日本の現状では、原則としてJASRACにお金払わずに信託された既存楽曲の権利を使わせることはできない。そのような日本の現状を正しく伝えて、お互いが誤解したまま無用なトラブルを生じさせない方がいい、とのこと。

Q&A
「Chain-of-Title」について:基本的に「Chain-of-Title」の対象は、著作物が創作されてから現在に至るまでのライセンス・譲渡に係る契約書の全て。(法制度上の違いもあり)米国などでは作品を作った段階で登録しない方がイレギュラー。英米の映画作品に関しては分厚い「Chain-of-Title」が出てくるが、日本とフランスの映画はほとんど何も出てこないので確認が楽で大好きだ、と喜ぶ(悪い冗談をいう?)海外の弁護士もいるくらい。一部のメジャースタジオならば、事実上「Chain-of-Title」がなくてもOKという例外はあるが、これはあくまで例外中の例外である。逆にインディペンデントの業者からは、ちゃんと出せと言われることが多い。中古車を買う場合に車検証を必ずチェックする感覚に近いのかもしれない。
音楽事情:シンクロ、原盤権、著作権を全部最初に買っているのか? との質問に、音楽にシンクロして付随した形で使うことに関しては、買い取った映画会社が一切対価を払わずに使用出来る形にしている場合が多い。つまり、DVDがどれだけ売れても、権利を含めて最初の契約時の支払いで後は支払う必要がない。原盤や著作権、パフォーマンスなどの音楽に関する概念・権利関係は、特に日本と海外との間で認識・理解がズレることが多いため、安易に権利処理の責任を負担しないように注意すべきである。
懸念:子供が減ってきているということは、将来的に国内市場が小さくなるということ。ベビーブームの時から半減。このままでは市場規模がどんどん小さくなり、現在のように国内で完結するシステムが機能しなくなるおそれがあるのではないか。お隣の国、韓国では、国内では製作費すら賄えないので最初から海外を視野に入れ、プロジェクト毎にファンドを作ったり、非常に細かな分厚い契約書を作り始めている。良い意味でも悪い意味でも日本の現状は中途半端なのかもしれない。日本国内ではまだまだ数多くの映画を製作されているが、その大部分が日本人が日本語で日本人のために作っているものであり、これが今後10〜20年も続くことができるのか非常に心配。フランスやスゥエーデンみたいに補助金がどっさり出ている国もあるが、日本がそのような大胆な改革をしてくれる保証はどこにもない。
原作のある作品の映画化について:原作のある作品を脚本化し、米国で撮影予定なためライターズ・ギルド(WGA)に登録したが、監督が交代になり、原作にないエピソードをその後足した時に、どういった登録が必要か?という質問に、米国ではプロデューサーの力が圧倒的に強く、自由にいじるのは当たり前。米国では著作人格権がないので、米国内ならばクレジットの問題などもWGAのルールに従って処理されるだろう、とのこと。
製作委員会について:外資系の映画会社にも日本に製作委員会はあるし、映画だけでなく地上波アニメでもNHKのアニメでも製作委員会が利用され始めている。製作委員会は、法人のようにそれ自体が独自の権利の主体となることはできず、出資者が集まっている民法上の組合に過ぎない。著作権も出資持分に応じて共有で持っている形が殆ど。他方、米国では殆どの場合、著作権はプロジェクト毎に設立されたLLCが単独で持っており、製作委員会方式には否定的(そもそも概念自体存在しない)。例えるならば、製作委員会は大学のサークルみたいで、出資持分に応じて共有している業者への借金を割り勘する様な存在。ハリウッドは10本撮って2本当たればいい、という考えで、つまり当たれば世界中に回るため、収益が桁違いにすごい。日本では日本だけで完結させるからそうはいかないし、日本の銀行は基本的に特定の映画プロジェクトに対してお金を貸さないので、限られたマーケットで食べていくために製作委員会のシステムができたのではないか。
韓国での登録制度について:韓国では抜本的に法律を改正し始めている。日本もそうしなければならない時代が来るかもしれない。日本のコンテンツに興味のある海外の会社も、魅力的な古い作品になればなる程「Chain-of-Title」が作ることができず困っている。せっかくのいいコンテンツが埋もれることが多々あるのが現実。日本でも徐々にではあるが、契約や権利書類の必要性は浸透しつつあることは間違いない。でも、そんなことをしているお金と時間があったらもう一本撮りたいので、そこまでお金がまわらないという側面もまだまだ強い。個人的には日本映画から日本人的な手弁当の職人気質がなくなるのは怖いが、このままでは少子化でジリ貧になる可能性もある。日本が元気なうちにベストミックスが出来て、今後も日本発の面白いコンテンツが生まれ、そのサポートが出来れば、と照井弁護士。

総括
今回はUPLINKの社長、浅井隆さんが鍋会員になってくれるという楽しい展開に。ぜひ、今後の鍋講座にも奮ってご参加頂きたいです。海外に関わるには「Chain-of-Title」が必要不可欠だということが、参加者全員の頭に焼きつくほどのインパクトでした。そして、多少キツく感じても、リスク回避のためにしっかり相手の言い分を鵜呑みにせず交渉し、それこそ相手の「Chain-of-Title」を見て確かな相手か見極め、あらゆるリスクの可能性について想像力を駆使したしっかりとした契約書を作ることなど、非常に基本的ですが大切なことを学べた鍋講座でした。
(文責:山岡 瑞子)
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