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【鍋講座vol.15】3回シリーズ「世界の映画行政を知る」第3回日本編 レポート

【鍋講座vol.15】3回シリーズ「世界の映画行政を知る」第3回
日本編 レポート


2014年3月12日(水)19:00〜 @下北沢アレイホール
【ゲスト】
堀口 昭仁(文化庁 長官官房 国際課 国際文化交流室 振興係長)
【ファシリテーター】
深田晃司(映画監督『ほとりの朔子』『いなべ』『歓待』)

 世界の映画行政を知る事で、客観的に映画行政を考える3回シリーズ。
 これまで「フランス編」「韓国編」と、世界でも特に映画行政に力を入れている2つの国の事例を学んできましたが、シリーズの最後を飾る今回は「日本編」です!
 参加者の多くが映画業界人という鍋講座ですから、日本の映画行政については一家言持つ方ばかりだと思いますが、先に2つの国の状況を学んでおく事で、改めて自分たちの置かれている環境を客観的に考える良い機会になったのではないでしょうか。
 ゲストは文化庁の堀口さん。
 映画が職務上の担当ではないため実利的な話はできないと言いながらも、ご自身が以前に書かれた論文(日本のフィルム・アーカイブ政策に関する考察 ―映画フィルムの法定納入制度を中心に―)を配布資料としてご提供頂き、また独立映画鍋にとっても貴重な提言をして頂きました。
 もう一方、南川貴宣さん(文化庁 文化部 芸術文化課)も登壇予定でしたが、お仕事の関係で、残念ながらお越し頂く事ができませんでした。
 堀口さんのお話はパワーポイントの資料に沿って進められました。
 以下、順を追ってレポートしていきます。

1.what? 「映画」って?


 まず根本的な問題として、何か政策提案などをしようと思う場合には、「映画」とは何であるのか、その法律的な定義が必要になる…という事です。
 そこで「映画」という言葉が使われている法律の中から、主なものを3つ紹介して頂きました。
・独立行政法人国立美術館法
  ・国立美術館を設置する際の根拠となる法律
  ・「美術」という言葉の中に映画を含むものとして定義
・文化芸術振興基本法
  ・文化政策に関する法律は少なく、平成13年にこの法律がようやく成立
  ・「メディア芸術」の中の1つとして定義(漫画、アニメーションなどと併記)
  ・音楽や美術などの「芸術」とは異なる枠組みとして定義されている
・参考:コンテンツ促進法
  ・経済産業省が策定
  ・「コンテンツ」の1つとして定義(音楽、演劇、文芸、漫画、コンピュータゲームなどと併記)
 その他、著作権法や図書館法、博物館法などの中でも「映画」という言葉は使われていますが、それぞれの法律の目的や文脈によって、その位置付けは異なるという事です。
 では、文化庁の中では、どのような位置付けで映画振興をしているのか?
 文化庁が対外的に配布しているパンフレットの中で「映画」は以下のように扱われています。
・映画は、演劇、音楽、美術などの諸芸術を含んだ総合芸術である
・国民の最も身近な娯楽の1つとして生活の中に定着している
・ある時代の国や地域の文化的状況の表現であるとともに、その文化の特性を示すものである = 時代の記録であるとともに、対外的に日本を知ってもらうための有益な手段である

 つまり、これらの根拠によって、文化庁は映画を振興の対象としている…という事になります。
 また、文化庁では、平成13年に施行された「文化芸術振興基本法」に基づく映画振興を行っています。
 平成15年に設置された「映画振興に関する懇談会」の議論からいくつかの提言がまとめられており、それを元に本格的な映画政策が開始されたばかりなのだそうです。
 現在、文化庁の主な映画政策の柱としては、次の3つがあります。
【日本映画の創造、交流、発信】 映画の製作支援、海外映画祭への出品支援(字幕支援)、データベースの整備、海外での上映支援など
【若手映画作家等の育成】 若手作家に35mmで映画を撮らせる支援、映画関係団体の人材育成(インターンシップ)支援など
【映画フィルムの保存、継承】 東京国立近代美術館フィルムセンター

2.why? 「映画政策」は何故行うの?


 次に、日本の映画政策の歴史的な背景を知る意味で、1898年に初めて日本映画が製作されて以降の産業としての日本の映画史と、それに対する文化政策の変遷を簡単に振り返りました。
 始めに著作権法ができた時には、映画という記載はなく、1912年の著作権法の改正によって映画という言葉が明記されました。
しかし、この時には、保護の対象としてではなく、無許諾で文学や戯曲を映画にしてはいけないという規制を目的とした記述だったそうです。
 戦前の映画政策は、振興というようりも、検閲や取り締まりの対象という色合いが強かったようです。また、その一方で、子どもや国民が観るべき映画を推薦するなど、社会教育として映画を使うための制度も作られていました。
 1939年に映画法が制定されましたが、これも同じ流れを汲んでおり、取り締まりや戦争プロパガンダに映画を利用する事が主な趣旨となっていました。
 戦後しばらくは、文化政策があまり活発に行われていませんでしたが、映画産業自体が成長期にあり、1950年代に全盛期を迎える事となります。しかし1960年代に入ると映画産業が斜陽化し始め、大手映画会社の倒産、ビデオの普及、ミニシアターの誕生など、現在の映画産業に繋がる流れが生まれます。
 一方の文化政策としては、1968年に文部省の外局として文化庁が独立、その2年後の1970年には国際近代美術館の映画部門がフィルムセンターへと形を変えるなど、1960年台の後半から70年台にかけて、ようやくその基盤が整えられてきます。
 1970年代後半になると、国だけではなく、地方自治体でも文化行政が注目され始め、各地で映画祭や映像施設などが生まれています。
 また、1990年には企業メセナ協議会が発足する等、公共政策としての文化振興の担い手が多様化するとともに、日本全体に文化的な意識の高まりを感じる事ができます。
 そして前述の通り、2001年(平成13年)に制定された「文化芸術振興基本法」に基づき、「日本映画・映像振興プラン」が作られ、文化庁による本格的な映画振興が始められています。ここで、堀口さんから、「これからの日本映画の振興について~日本映画の再生のために~」という提言が紹介されました。 ※平成15年「映画振興に関する懇談会」による提言で、WEBでも検索可能
 堀口さんはこの提言を以下のようにまとめています。
映画の今日的意味
・総合芸術としての映画~文学、演劇、音楽、美術等を包含。時代の文化特性を表す~
・国民生活における映画~身近な場で鑑賞可。中高年のレクリエーション~
・IT時代の有力映像作品としての映画~映像の基礎。知的映像戦略の一翼~
・海外への日本文化の発信手段としての映画~相互理解促進。日本の伝統と今を発信~
 これは、文化庁のパンフレットに書かれている論理と基本的に変わっていません。つまり、平成15年の提言が現在まで継承されているという事のようです。
国の映画振興の基本的方向
(1) 文化遺産としての映画フィルムの保存
(2) 映画界における自律的な創造サイクルの確立
(3) 人材養成の重要性を踏まえたシステムの構築
(4) 映画という芸術分野への適正な評価
※実際の提言では、この4つの項目の下に、より詳細で具体的な方針が示されています
※関心のある方は、是非、原文の方をお読みになってください

おわりに

 映画の振興方策の実現のためには,まず映画界自らの決意と努力が最も重要であることを重ねてここに記したい。また,国の機関である文化庁・文部科学省,総務省,厚生労働省,経済産業省,国土交通省など関係府省庁,他の関係する国の機関,映画・映像の関係機関が十分な連携の下に力を尽くすことを望むものである・・・
 この文章は、提言の最後に記述されているものですが、堀口さんは、映画と他の分野と決定的な違いが、ここに現れている…と感じるそうです。
 映画というものが基本的に産業として成り立っており、映画界が自立的に努力する事を自ら宣言している事が、行政の支援なしには成立できない他の芸術文化とは大きく異なる点と言えます。また文化庁だけでなく、他の省庁や機関にまで言及している事も映画ならではの特色と言えるようです。

3.where? 「映画政策」の到達点は?目標は?


 ここまでの話を踏まえ、現在の日本映画がどのような状況にあるのかを解説して頂きました。
【日本の映画振興の現在状況】
 まず、前述の提言にあった「映画振興の基本的方向」の現在状況です。
(1) 文化遺産としての映画フィルムの保存
 フィルムセンターの所蔵本数が2倍以上に増加
27,154本 2000年(文化芸術振興基本法の施行前)

62,482本 2009年
※数値は堀口さんによるフィルムセンターへのヒアリングによる
(2) 映画界における自律的な創造サイクルの確立

※一般社団法人日本映画製作者連盟ホームページによる
 全盛期(1950年代)には及ばないものの、最低水準であった1990年代に比べると、観客数、製作本数ともに増加している
 特に製作本数、国産シェアに関しては倍増以上している
(3) 人材養成の重要性を踏まえたシステムの構築
 前述の通り、若手映像作家への支援を文化庁で行っているが、それ以外にも東京藝術大学に映像研究科が設置されるなど、国立の映画学校(大学院)が形となっている
(4) 映画という芸術分野への適正な評価
 芸術選奨、文化功労者表彰など、他の芸術分野と同じように評価されている
 文化庁映画賞という形で、監督や俳優など、表舞台に立つ人間だけでなく、裏方に対する表彰も行っている
◎第三次基本方針
 文化庁は広い分野での文化政策を行っており、映画はその中の1つと位置付けられています。
 文化庁には、前述の文化芸術振興基本法に基づいて文化芸術の振興に関する基本方針を作る事が義務付けられており、文化庁の中にある文化審議会文化政策部会でそれを行っており、現在は第四次基本方針を策定中との事です。
 ここでは、平成23年に作られた第三次基本方針から6つの重点施策を抜粋して紹介して頂きました。
①文化芸術活動に対する効果的な支援
②文化芸術を創造し、支える人材の充実
③子どもや若者を対象とした文化芸術振興策の充実
 子どもたちに優れた芸術を鑑賞する機会を与える、芸術に参加する機会を作る
④文化芸術の次世代への確実な継承 映画フィルムの保存など ※文化庁では、文化財行政に対する予算が一番大きい
⑤文化芸術の地域振興、観光・産業振興等への活用
⑥文化発信・国際文化交流の充実

◎独立映画鍋の政策提言への提言
ここで堀口さんから、独立映画鍋に対して、ある提言がなされました。
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・「独立映画」とは何であるのかを自己定義すること。「独立映画」の成功例は?
・「なぜ」、「いま」、政府が「独立映画」を支援するべきであるかを、業界の文脈とは別に整理すること
・どのような状態になることが映画政策のゴール・目標であるかを意識すること。(例)映画作家の年収増? 映画作家・制作本数・上映本数の増加?
・業界の外にも説得力のある理由を。提言の相手先を再検討すること。
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 まず、「独立映画」という言葉の定義、そして「独立映画の成功例」とは何なのか?を明確にするという事です。
 特に成功例については、収益を上げる事なのか、国際的な評価を得る事なのか、たくさん作られる事なのか、具体的にイメージする方が良いとの事です。
 2つ目は、何故、今、日本政府が独立映画を支援すべきなのか、映画業界にいない人に対しても説得力があるように整理する事です。
 国の負債は膨らんでいる一方、日本の映画に対する政策は比較的、成功していると考えられているそうです。特に前述の提言(これからの日本映画の振興について~)がまとめられる前と後とで、かなり効果が出ていると考えられています。
 そのような状況の中で、さらに独立映画を支援する必要性が分からない人たちに対して、それを理解させる作業が重要であるとの事です。
 3つ目は、どのような状態になる事が映画政策のゴール、目標なのかを具体的にイメージする事です。
・映画作家の年収を600万以上にする?
・映画の製作本数を増やす=映画を作りたい人がもっと作れるような環境を作る?
・儲かるシステムを作る?
 1番目の項目とも関連していると思いますが、具体的な数値目標がある方が良いように感じました。
 最後は、映画業界の外にいる人=映画、さらには文化や芸術に対して興味を持たない人たちに対しても説得力のある理由が必要という事です。そもそも提言の相手先は何処なのか?文化庁で良いのか?という所から考える必要がありそうです。
 文化庁の予算は少ない(国家予算の中で0.1~0.2%程度、映画政策に回せる予算はさらに少ない)一方で、文化政策の主体は多様であるので、他の提言も積極的に考慮に入れても良いのではないか…という提案です。
 ここで深田さんから、以下のような補足がありました。
 国家予算の中での文化関係予算に関する比率の2006年のデータがあり、日本は1006億円で0.17%、それに対してフランスでは4531億円で0.86%、韓国はさらに比率が高く0.93%と、文化予算に対する比率が日本と大きく異なっているとの事です。
 ただし、堀口さんのお話では、日本で文化政策を行っているのは、実は文化庁だけではなく、各省庁における文化予算の集計などは把握できていないようです。
こういう事も含めて、提言の相手先を検討する必要があるという事なのでしょう。
 また、日本は企業メセナも積極的に行われているので、国だけではなく、そういう所からの支援も視野に入れてはどうかという提案もありました。
 企業メセナ協議会の「企業のメセナ活動実態調査」という資料によると、音楽や美術に多くの予算が割かれている(音楽 38.2%、美術 24.5%)のに対して、映像・映画・ビデオの分野ではわずか4.5%しか活用されていない事から、こういう所も開拓していく余地があるのではないか…という事でした。
深田さんのフェーズ
 堀口さんからのプレゼンテーションは終了となりましたが、ここで深田さんから、独立映画の定義に関する見解が示されました。前回の韓国編で気付きから、そのおさらい的な内容も含まれますが、以下のような話でした。
 KOFIC(韓国映画振興委員会)では独立映画ではなく、多様性映画という形で定義している。
 その一次分類として「芸術映画」「独立映画」「ドキュメンタリー映画」「クラシック映画」をまとめて多様性映画としている。
 ゴールは複数あると思うが、その1つが多様性の確保にある。
 すべての映画が資本の原理によって、分かりやすいハリウッド大作やマジョリティに訴求しやすいコマーシャルな作品だけになってしまって良いのかという懸念から、多様性映画という定義が作られていると思う。
 また映画のサイズ、量的な側面からも定義がなされており、製作、配給、上映の規模が小さい映画と定義されている。映画の持つ文化価値からも定義されている。
・芸術性や作家性を大事にする映画
・映画のスタイルが革新的であり美学的価値がある映画
・複雑なテーマを扱い大衆が理解し難い映画
・商業映画の外で文化的、社会的イシューを扱う映画

 独立映画鍋としても、こういった形で、自分たちなりの定義をする必要があるだろう。
 さらに、堀口さんから深田さんに対して、あくまでも個人的見解との断りがありつつも、現在の独立映画の置かれている状況に関して質問がありました。
 主な内容を抜粋してまとめます。
(堀口)
今の日本で独立映画が作れていない、上映されていないという状況があるのか?
(深田)
各国の映画祭で受賞するような作品は、低予算映画である事が多い。
予算規模が大きくワイドリリースされるような作品は、海外に目を向けていないという事もあるだろうが、国際競争力を持っていない事が多いのではないか。
現在、映画の観客数は減っている(全盛期の1/10)のに、映画の製作本数は50年前の全盛期を超えている事を考えれば、独立映画が作りやすい環境にはあるが、その環境があまりに貧しいという問題がある。
また、その貧しい環境の中でも作ってしまうという、労働環境に対する意識の貧しさもあるのではないか。
(堀口)
いわゆる独立映画というものが、一般の人たちが考えている映画とは若干、違っているのではないか?
大きな収益を上げる事を目的としていない、ある種の自己表現の手段として制作されている。
その点では、現代美術に近い点もあるのではないか?
(深田)
現在の文化庁における助成金のスキームでは、製作予算5000万円規模が最小の目安であり、独立映画では使いづらい(その枠に入らない)。確かに、ちゃんと劇映画を作ろうとするとその程度のお金はすぐに掛かってしまうものなので、難しい問題ではあるが、文化庁の中で、もっと小さい予算の助成金を作るか、あるいは現代アートの助成スキームの中で独立映画の支援も可能なのではないか?
(堀口)
プレゼンテーションの最初で話した、文化庁の振興対象としての映画、パンフレットに謳われている総合芸術や国民の身近な娯楽としての映画と、独立映画というのは、もしかして違うのではないか?制作予算5000万円規模という目安も、限られた予算を文化庁の定義する映画を効率的かつ効果的に支援するために設けられた基準だと思う。
また、文化政策として、創作自体に対して支援を行っている分野は、実は少ない。
先ほど話に出た現代美術に対する支援として、創作自体を支援する制度は存在していない。
アートフェスティバルなど、それを発信するための場を作るという面での支援には可能性があるが、作家個人の表現活動に対する支援は公共性の観点からもなかなかハードルが高いと思う。
映画の制作支援が行われている背景には、映画は産業であり、多くの人間が関係する事業であるため、製作コストが掛かるという理屈がある。
(独立映画、小規模映画は、この理屈に当てはまらないので)製作だけではなく、その先(興行)も見据えた支援策を考える方が良いのではないか?
(深田)
演劇業界は、積極的にロビー活動を行っており、この10~15年ほどで、支援が充実した実績がある。
演劇は素晴らしいから支援すべきだという単純な理屈ではなく、相手に合わせた論理を展開している。(例:演劇はコミュニケーション教育に有効だから学校教育に取り込もう)
映画業界は税金の再分配に対する意識や、納税者が納得するような説明責任が欠けているのではないか?
映画はプロパガンダなどに利用される一方で、多様性(異文化や他社の価値観)を理解するのに有効なツールだと考えている。
演劇業界に見習い、映画に内在する価値を見出し、それを言語化する作業を丁寧に行うべきではないか。
ディスカッション?
 開始から約1時間が経過した所で、いつも通り、参加者を交えた質疑応答になりました。
 今回、参加者は60名を超えており、終了ギリギリまで、活発な議論が交わされました。
 今回は特に、堀口さんからの問題提起があり、
・「なぜ」「いま」政府が独立映画を支援するべきで、どのような支援が足りていないのか
・どのような状態になることが映画政策のゴール、目標であるのか
 というような事を意識して、積極的なディスカッションを行いたい…との提案がありました。しかし、多少、参加者同士で意見の交換はなされたものの、ディスカッションというまでには至らなかった印象です。この点は、後日行われた事務局ミーティングでも反省点となりました。(詳細は後述します)
 以下、参加者からの主な意見や質問をまとめます。
・作っても上映されない
 映画の製作本数が年々増えているが、劇場で公開できる作品数は限られるため、上映されない映画が増えているのは問題ではないか。
・映画スタッフの労働環境問題
 映画スタッフ(特に裏方のスタッフ)の劣悪な労働環境を文化庁は把握しているか?
(堀口)
労働環境の問題は文化庁ではなく、厚生労働省の管轄になる。ただ、文化庁としても問題は認識しており、危機意識は持っている(アニメ制作の海外流出問題なども含めて)。
あくまでも一般論としてではあるが経済倫理の観点で言うと、ツライ労働環境なら人は逃げていく。それでもその環境に居続けるのであれば、そこにメリットがあるから…と考えられてしまう。
文化庁の中だけで、この問題を解決するのは難しいため、文化庁だけではなく、外に向けても訴えていく必要があるのではないか。
(深田)
映画人自身の自主努力や労働環境に対するリテラシーの低さにも問題がある。
・アニメ制作に対する支援
アニメーション制作者たちの労働実態に関しては調査が入っているようだが、あれはアニメーターが自ら危機感を抱いた結果なのか?
(堀口)
最近、アニメーションに対する支援が充実してきているが、それは日本のアニメーションが海外から高く評価されているため、そういう人材が海外に流出すると経済的な損失がある。
そういう商業的、経済的な観点からの危機意識も動機として大きい。
・大手の映画会社と独立映画を作る人たちは人種が違う
 大手の映画会社は産業として映画を作っているので、独立映画がないと文化に幅が生まれない。
 大手会社と独立映画の製作者では異なる意見を持っているが、双方を集めたディスカッションは行われていない。文化庁がそうした場をつくるべきではないか。
(堀口)
何かを決める時には、利害関係者となる各団体が集まって議論をし、意見を集約するというのが一般的。
文化庁が映画の振興をしたくても、独立系と大手映画会社の言っている事が異なると、どちらを向いたら良いか決めづらい。
映画業界の意見を集約するのは政府ではなく、映画業界の仕事だと思う。
業界内で、意見交換や情報共有する場を設けるのも一つの手だと思う。
様々な立場の人たちの意見を集約した上で政策提言した方が、説得力があるし、一般論として政府も動きやすくなる。
文化庁はアームズ・レングスの法則に沿った文化政策を行っており、文化芸術に対して支援はするがその内容については基本的に口は出さないというというスタンスを採っている。
そのため、国が主導になって民間を導くというよりも、民間の自主的な活動が期待されている。
・文化庁と経産省との関係
 文化庁がやる気を起こしても経産省を説得しないと動かないのではないか?
(堀口)
文化庁と経産省では政策目標が違う。
個人的な印象論ではあるが、独立映画は科学技術に例えると基礎研究に当たるのではないか?
直接的な利益には結び付きにくいし、資金も必要になるが、極めて重要な分野と言える。
経産省は応用科学、文化庁は基礎科学という位置付けもできるかもしれない。
(深田)
日本にはフランスのCNCや韓国のKOFICに当たるような組織(映画政策を専門に行う機関)が存在しないという所から根本的な違いがある。
フランスと韓国の間には合作協定があり、フランスの資本の入った映画を韓国で作ったりしているが、日本とフランスでは政府の映画に対する捉え方や価値観が異なるため、それが難しい。
日本の行政は映画を産業としてしか考えておらず、文化的な価値に対する意識が希薄なので、映画人としては、そういう所にも理由付けをした上で、提言できるようにすべきなのかな…と思った。
CNCやKOFICでは、映画人の声を吸い上げる事によって方針を決め、政策に反映させている。
業界の人間がまとまって意見集約を行い、一丸となって声を上げていく必要があるのではないか?
(堀口)
政策提言を行う上では、その人たちが業界を代表しており、その背景にどれだけ多様な人たちがいるのか、どれだけ多様な声を反映しているのか…という所で、説得力が全然違ってくる。
独立映画の製作者たちは、もっと、大手映画会社とのディスカッションを行っていくべき。
・何故、映画は企業メセナの対象にならないのか?
 企業の側に「映画は芸術ではない」という認識があり、メセナの対象とならない事例がある。これは文化庁に責任があるのではないか?
(堀口)
映画は産業なので、メセナ(支援)ではなく投資の対象になってしまうという発想があるのかもしれない。
・文化庁はもっと、映倫や映画祭などに指導を行うべきではないか?
 文化庁は民間団体である映倫や資金を出している東京国際映画祭などに積極的な指導を行うべきではないのか?
(堀口)
現在の文化行政は、戦前戦中の反省もあり、民間の組織に対して内容面について細かな指導をする立場は採っていない。
補助金を出す代わりに口を出すという事はほとんどしないが、補助金の仕組を変える事によって、多少の調整を行う事は可能である。
(藤岡)
私は映画祭(山形国際ドキュメンタリー映画祭)を運営していて、予算の8割ぐらいを助成金などで賄っているが、運営に対して口を出して欲しくはない。
運営している私たちは、そういった事を危惧しているので、文化庁にも現在のスタンスでいて欲しい。
・フィルムコミッションの問題
 フィルムコミッションを通してロケーションなどを決定した後で、ネガティブNG(印象を悪くする表現はNG)と言われる事が結構ある。
 これは表現の自由を妨げる行為だし、ロケーションが国有地である場合には、尚さらである。
 こういう事が無いように指導できないか?
・完成作に対する支援システムは作れないのか?
 映画を完成させた後で、それが良い映画だと評価されたら、それに対して(経済的に)支援をする仕組は作れないのか?
 現在は製作本数が増えた分、上映機会が減っているので、自主上映を行うぐらいしか手段がない。
(堀口)
昔の映画支援は、そういう形(完成した作品への報奨金)だったが、それが評判が悪くて改善されたという歴史がある。
そういう作品を上映するのは映画祭の機能ではないか?
・フィルムセンターの独立問題
 数年前、フィルムセンターが国立近代美術館から独立した組織にするという話を聞いたが、その後の進展は?
 フィルムセンターがCNCやKOFICのように包括的に映画政策を行う組織になるべきではないか?
(堀口)
これは私の修論のテーマだった。
今、国立の文化施設を新たにつくることは、国家財政の制約もあって、独立して作るのはすごく難しい。
アーカイブ機能という意味では、国立国会図書館に集約してしまうということを検討していた時期もあった。
総括(個人的な見解)
 今回の講座では、日本の文化政策の在り方やその背景を総体的に知る事ができ、またその中での映画という分野の位置付け、特に産業や経済という側面からの特殊性について、その実態を理解する良い機会になったと思います。
 堀口さんの提言も、現実を見据えたものであり、映画…特に独立映画の恩恵を受けていない人に対して、その支援を必要性をどうやって伝えるかという根本的な部分を示しています。繰り返し「理屈」「説得力」というような言葉を使っていたのも印象的でした。
 また、大手映画会社と独立映画の作り手とでは、向いている方向が違うのではないか…という話も、極めて重要な問題を示唆しているように感じます。
 社会的に見れば、映画というのは文化芸術の一分野でしかなく、それをさらに細分化するというのは、あまり現実的ではないでしょう。
 大手商業映画、独立映画のようにまとまるのではなく、様々な立場にいる人たちが一堂に介して議論をする、そして意見集約を行うような機会の必要性を強く感じます。
 また、堀口さんと深田さんとの会話に出てきたように、現代アートのスキームを使うというのも、一つの選択肢なのかもしれません。
 私は映画製作に携わっていない人間ですので、他の鍋会員の皆さんとは、多少、異なる見方をしているかもしれませんが、個人的には、日本の映画を取り巻く環境は、世界の中で比較して、それほど悪い状況にあるとは感じていません。
 日本には、他の多くの国がうらやむミニシアター文化があり、またデジタル化の影響もあって、映画の製作本数も年々、増え続けています。
 さらに、近年はクラウドファンディングの利用が活発になり、資金の調達に関しても良い方向に向かっているように感じます。
 一方で、すぐには解決が難しい問題の存在も浮き彫りになった気がします。
 今回の堀口さんのお話で印象に残ったのが「経済倫理の上では、労働環境が悪ければ逃げ出す…というのが一般的な考え方」という言葉です。ここに日本の映画業界が抱える大きな矛盾を感じますし、ある種、日本人の国民性を物語っているようにも思います。
 参加者の一部からは、もっと具体的な話を期待していたので、概論的に終わってしまったのが残念という声も聞かれましたが、(映画の観客側に立っている)私個人としては、とても興味深い話が聞けたと思っています。
 特に、堀口さんからの提言を繰り返し噛み締めて、独立映画鍋の中でも活発な議論を継続していけると良いなあ…と思っています。
 後日行われた事務局ミーティングでは、堀口さんが望んでいたディスカッションのような形態にならなかった事についての反省がありました。
 いつもの質疑応答という枠を超えて議論を行うには、座席の配置を変えるなどの工夫が必要だったのではないか…など。
 この反省は、5月に行われる「鍋オールスターズ」などに活かされるのではないかと思います。
 また、堀口さんからの提言についても、藤岡さんからMLに投げ掛けがあったものの、活発な議論に結び付かないもどかしさがあります。
 これについても、一時的な議論に終わらせず、継続的に考え続け、何らかの回答を出すために、分科会を設置して活動を続けようという話が出ています。
 今回の鍋講座は、独立映画鍋の今後の方向性を決める上でも、重要なターニングポイントになったのではないでしょうか。
(文責:山口 亮)
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